Shionさん(後編)|ポップで可愛く、自由な表現。独創的に昇華したリュネビル刺繍の技術

Shionさん(後編)|ポップで可愛く、自由な表現。独創的に昇華したリュネビル刺繍の技術

伝統的なリュネビル刺繍の技術を用いて現代的な表現を続ける刺繍作家のShionさん。インタビュー前編ではフランスで学んだリュネビル刺繍の作品の数々をご紹介しました。後編では、オリジナルの作品や「Atelier Avebe(アトリエ・アヴィビ)」としてレッスンのことなど、Shionさんの現在の活動についてお届けします。

 

撮影:奥 陽子 取材・文: 酒井絢子

リュネビル刺繍のアトリエ『Atelier Avebe』を都内に設け、レッスンも開催しているShionさん。


▲アトリエには刺繍枠が二台。手前は職人が使う本格的な「メティエ」。

 

技術の習得とは違う、教えることの難しさ

リュネビル刺繍の技術は匠の域にまで達しているとはいえ、人に教えるとなると、また違った難しさがあるとShionさんは言います。

「自分ができるようになると、始めた頃の気持ちがわからなくなってくるから。それに技術を言葉にして伝える、というのも難しいです」


▲アトリエの窓際にはケースごと購入したという糸が整然と並ぶ。左側にあるのは、ドイツの手芸材料メーカー「ギッターマン」のポリエステル100%糸。


▲リュネビル刺繍にもっともよく使われるロウ引き糸、「フィラガン」のメタリック糸が並ぶラック。フランスから空輸で運んだAtelier Avebe自慢のコレクション。

現在は、Atelier Avebeだけでなく、京都の老舗糸屋・糸六さんでもリュネビル刺繍のワークショップを定期開催しています。参加者さんの中には、1年以上継続して通い続けている人も。「京都では定期的に開催しているからこそ、続けてくれている方が『誰に習ったの?』と聞かれたときにも恥ずかしくないように、しっかり技術を身につけてもらいたいなと思っています」

一方、Atelier Avebeでは少人数制だからこそ、つくりたいものを満足いくまでつくってもらいたいそう。「参加者さん自身が面白いと思うことをやってもらいたいです。やりたい!っていうものがあるのなら、それいいね!って」

 

習ったのはあくまでも技法。表現は自由な発想で

このインタビューにはShionさんの刺繍仲間であり、友人でもある、『はじめてのオートクチュール刺繡』監修者の相馬美保さんも同席していたのですが、相馬さんは「Shionさんのオリジナル作品が溜まったら、ぜひ個展を開いてほしい!」と切望しています。


▲2秒に1ステッチくらいのペースでサクサクと刺し進めていく手元は、見ている方も気持ちがいい。相馬さん曰く、Shionさんが参加した『はじめてのオートクチュール刺繍』の制作中も打ち合わせ中に作品を一気に仕上げてしまうなど、とてもスピーディーだったそう。


▲エッフェル塔がモチーフとなった図案は、京都のレッスンで予定している課題図案。傍にあるリュネビル刺繍針が柄にセットされたクロシェは、Shionさんの愛用品。「なんでも刺せるといえば刺せるんだけど、柄の太さが慣れたものの方がいい」


▲リュネビル刺繍は通常裏から刺すが、この部分は面を埋めるために表から刺している。チェーンステッチだと表に2本の糸が出るので、表からの方が隙間なく早く刺し埋めることができる。

Shionさんの作品は「オートクチュール刺繍」という言葉のイメージを大きく転換するような、ポップで自由で楽しいデザインのものがたくさん。「リュネビル刺繍でできる表現はとても幅が広くて、やってみたい!と思う人も増えるんじゃないかな」と相馬さん。


▲「原画というより、色の指示書」だという手書きのラフ。色やステッチなど、細かく思案されていることがよくわかる。ワークショップで使用するための図案は、改めてデザイナーさんに依頼したそう。


▲日本でリュネビル刺繍を広くPRするような存在である相馬さんと、自由な活動で刺繍を楽しんでいるShionさん。パリで開かれる「Aiguille en Fete(レギュイユ・オン・フェット、針の祭典)」ではApollonのブースでShionさんがデモンストレーションをしたことも。

 

自分で面白いなと思うものの方がいい

Shionさんは、作品のオーダーを受けることもあり、中でもヘッドドレスに意欲を燃やしています。今年の目標として掲げたのは、最低でもひと月にひとつ、8㎝か10㎝の刺繍枠に収まる作品をつくることだそう。

「普通にやったら、なんか面白くない」とキッパリ語るShionさんの作品は、金魚は金魚でもお腹を上に向けて浮かんでいたり、唇は唇でも歯や舌まで描かれていたり。「可愛くするために足し算をしていく」というデザインは、ちょっぴりシニカルでどこまでも独創的。カラフルでビビッドな色使いも目をひきます。


▲アルファベットと糸巻きがモチーフのビーズトレイは、京都でのワークショップの最初の課題作品。リュネビル刺繍初心者ににも糸が見えやすいよう、鮮やかな糸を用いた。


▲ハートを形どった指の図案をワッペンに。右側の手首部分の極小パールがかわいいアクセント。チェーンステッチを異なる向きに刺して面を埋めるヴェルミセルという技法を用いており、難易度は高め。


▲京都でのワークショップの課題作品たち。右下のブローチは通称「モンスターボール」。アラが目立たず達成感があるものをと考えてつくられた図案。ラウンドが2つ連なったものは、ネックレスに仕立てる場合も。

 


▲棚にピッチリと収まる透明ケースに入ったビーズは、これでも一部。パリで買い集めたというヴインテージのものがたくさん。分類や片づけには相馬さんもお手伝いしたそう。


▲Shionカラーともいえる濃いピンクや、パープルのビーズたち。「春より夏のカラー。パキッとしているのが好きかも。色選びにはあんまり迷うことはないかな」


▲英語で「NERD(オタク)」と書かれたメガネのブローチは、今年2月の作品。「この枠もピンクに塗ろうかなと思ったけど、作品のジャマになるかなと思ってそのままに」


▲ハートのブローチは1月の作品。京都の課題作品にもなっている。3月は「ピッツァ・プラネット」と名づけられた、ユニークでとても可愛い作品を制作中!(3月中旬の取材日時点)

Shionさんの作品は、前編でご紹介したようなルサージュでの華麗な課題作品とは大きく印象が異なりますが、そんなスタイルの違いについても「これはこれ、って思ってやっているだけ」と割り切り、「自分でやるなら面白いなと思うのをつくりたい」とどこまでも屈託がありません。

竹を割ったようなお人柄にも魅力あふれるShionさん。自由な発想をたぐいまれな技術に落とし込んだ刺繍作品を、今後もさまざまな機会で目にできることを願ってやみません。

 

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