HUTTE.加藤絵利子さん(アトリエ取材・後編)|植物のはかない美しさをとらえた細やかな線。一朝一夕では辿り着かない、手彫りスタンプの境地。

HUTTE.加藤絵利子さん(アトリエ取材・後編)|植物のはかない美しさをとらえた細やかな線。一朝一夕では辿り着かない、手彫りスタンプの境地。

植物画の手彫りスタンプが大人気のHUTTE.加藤絵利子さんのアトリエにおじゃました今回の取材。前編では、アトリエの様子をご紹介しました。後編では、描くことや彫ること、紙へのこだわりなど、作品づくりにまつわるいろいろなお話についてお届けします。

撮影:清水美由紀  取材・文:酒井絢子

ほかに類を見ない芸術的なクオリティと洗練のデザインを、消しゴムはんこでつくり続けているHUTTE.。日々繰り返す、描く、彫る、おす、の一連の作業の中で、加藤さんは「彫る時間がいちばん好き」といいます。現在は線をより細くすることに情熱を燃やしているそう。

 

究極の線を目指して

「線を細く細くしていく、それがいちばん楽しいんですよね。それで紙におした瞬間に、思い通りの細さになった!っていうのが。私以外の誰かが見てもわからない範囲だと思うけれど、自分が納得するまで彫り続けています」

細い線、というのがどの程度のものかと伺うと、「見えなくなるくらい」との言葉が。


▲この6月に完成した、2021年カレンダーのモチーフたち“山野草”。極細の、自然に途切れた線が葉脈や花脈をなぞり、植物たちの息吹を感じさせる。

「おしたら本当に線がなくなるくらいのものを求めていて。スタンプじゃないじゃんって思われるかもしれないですけど(笑)。でも、極限まで削った線で描いたものをおしてみると、それが立体的に見えることに気がついたんです。光があたる部分は消すことで表現するデッサンのように、途切れ途切れの線が立体感を生み出すんだなって」

 

写真を撮ることで見えてくるもの

作品をつくる途中、迷ってしまったり、デザインに不安があったりするときは、写真に撮ってみるという加藤さん。


▲スタンプにするための消しゴムや、スタンプをおす前のラベルなど、こまごまとしたものは木箱などに収納。ブックカバーやボックスなど、『植物図鑑 図案集』の掲載作品も。

「写真として見つめると、正解がわかる感じがするんです。紙におす前の状態でも、おした後の状態でも。画面上で見てみて、絵になっているかどうかを見ます。あくまでも雰囲気や勘なんですが、これは好きだなって思えればOK。好きになれないな、というときはボツにしてしまうこともあります」


▲描いたり彫ったりする作業に使う机は、アンティークのライティングビューロー。手元はLEDライトで照らして。


▲彫るときは、高さ調整の台を置いて。細かい作業が続くと身体的に影響も出るため、整体に定期的に通っているそう。

モチーフを彫るときの道具は、刃角30°のデザインナイフ一本。描くときは製図用のシャープペンシル一本。多くの道具は使わず、シンプルに作品づくりに挑んでいます。


▲定規は、ドイツの文具メーカー、ステッドラー社のもの。スタンプ台の上にあるのは、三木章の彫刻刀、パワーグリップの丸刀。組み木の幅広カッターは、クラフト系のイベントで見つけたもの。細い線を描くシャープペンシルは、ぺんてるのグラフギア500(芯径:0.3mm)。


▲加藤さんが愛用している消しゴムは、株式会社シード「ほるナビ」の、目に優しいグリーンのもの。消しゴムは、冬になると硬くなって冷たくなったり、夏は柔らかくなったりして、季節によって彫る感覚が変わるのだそう。「暑くもなく寒くもない秋は、まさに彫るシーズンですね」

 

理想の風合いを求めて。一期一会の紙選び


▲加藤さんがコーヒー染めを施したラベルも。フレームにはブルーのインクを使用。


▲ツールボックスのふたには、非吸収面にもおせる専用のインクでおして。「JUST FOR YOU」の文字は『植物図鑑 図案集』にも掲載された書体。

おす紙にも並々ならぬこだわりがあるのがHUTTE.。とはいっても、彫った通りの線がおせるような、インクがきれいにのる紙を、というこだわりではありません。

「どちらかというと掠れてほしいくらい。きれいにのせたい、とはあんまり思っていないので、全体が捉えられていれば、部分的に掠れていても全然アリですね。それこそ作品の一部です」


▲こちらは2018年カレンダーに使用されたスタンプと、古紙におしたもの。非常に細かな文字も、全て加藤さんによる手彫り。


▲「当時は文字を彫るのが苦手だったので、修行をしようとあえて挑戦しました」。小さな穴を彫りたいときは、爪楊枝の先をより細く削ったものを刺して。

前回のインタビューでもご紹介した通り、黒一色でスタンプを表現しているのもHUTTE.の大きな特徴。だからこそ、スタンプ画を一つの作品として仕上げるために紙選びには慎重になると言います。


▲庭から採取した草花を、ドライにして日焼けした半紙に。スタンプでつくったラベルシールも貼ってレイアウト。

選びとるのはもっぱら古い紙。古道具店などで見つけてきては、買い集めているそう。

「古道具店でも店頭に置いてあることはほとんどなくて、お店の人に聞いて出してもらうことが多いですね。古い洋書の無地のページを破いて集めて束にして売っていたりするんです。小さなタグなどは自分で染めることもありますが、やっぱり自然の経年変化にはかなわないので、できるだけ本物を探すようにしています」

そんなふうに集めた古い紙は、出会いが一期一会だからこそ失敗は許されない。おすときはやはり緊張する、と加藤さん。


▲棚に収納されている文字のスタンプ。「イラストのスタンプのみだと自然体で野生の中に居る姿がイメージできますが、そこに文字が入るとピリリと空間が引き締まり、自然の一コマを切り取ったように感じる」と加藤さん。


▲写真のスタンプのうち、実もの・蔓ものの12種は、2017年のカレンダーに使用。カレンダーの表紙となった左のポストカードは、活版印刷で仕上げた。


▲販売用のスタンプたち。持ち手になる材料はさまざまで、古いstampの持ち手を再利用したり、stampそのものや、チェスの駒や積み木などを使ったり。また、木工作家さんに制作をお願いしているものも。

 

ものづくりへの新鮮な感動は、ずっと変わらない

消しゴムはんこを始めてから16年、HUTTE.に改名してからは7年。地道に経験を積み重ね、職人技ともいえる技術を身につけ、数多くの作品を生み出してもなお、「描いたものがスタンプになるって、すごい!」という感動が全く薄れることがない、という加藤さん。「つくりたい、やりたい、という気持ちの根本にあるのは、突き動かされる衝動のみ」とも。

「外に出ることが苦手で、自分一人でできることを見つけたかったから、スタンプに出会えなかったら廃人になってたかも(笑)。本当に今、アトリエにこもっている時間がいちばん幸せですね」


▲作家活動初期の頃、イベント出展の際に作った小冊子。「自分の作ったものを見てもらうものがあったらいいなと思って。本を出すことに憧れもあったので、だったら自分で最初にイメージしているものを作っちゃえ!って」


▲100円ショップのノートに、携帯で撮った写真をカットしてレイアウト。文字は手書き。


▲インスタグラムで公開したら反響がすごかったという、消しゴムハンコを始めた頃の作品。「これでもまだ見せられる程度のもので、もっとひどかったんです(笑)」と加藤さん。まさに“継続は力なり”。

 

自らの手で、イメージを形にし続ける

現在進行中で完成を待つ作品も、見せていただきました。おもむろに取り出されたのは、長方形にたたまれた大きな古い地図。

「この地図の裏側を見た瞬間に、紙の質感や色合いにすっかり惚れこんでしまって。この折り目を一つ一つのフレームとしてとらえて、根っこまで描いた野の花のスタンプを全部おそうと思っているんです」


▲古地図に出会ったのは、2018年のこと。大きな古い紙の折り目が額の代わり。破けてしまっているところは、そっとそっと扱う。「紙の持つ力って、凄いなと思う」と加藤さん。

「壁に飾れば迫力があるはず」というほどの大きさの紙をスタンプで埋めることができたら、巡回展を開きたいという加藤さん。


▲ポピーのスタンプは、一度は葉から上を描いて制作していたが、根の部分も描いたものにチェンジ。「根まで描いたことで美しさがさらに増した」と加藤さん。

「以前は大きなイベントに出たいと思っていたんですけど、いまは小さなところでこぢんまりと、ゆっくり世界観を感じられる場所で見てもらいたいという気持ちが強いですね。廃墟みたいなところもいいなぁ、なんて。片田舎の、草が生い茂るような場所にある小さな廃墟に作品を置いておいて、散歩しているおばあちゃんが『なんだい、これは?』って覗いていってくれるような。そんなすごくカジュアルな見せ方が理想的」


▲2020年9月のカレンダーのモチーフになっていたのは、ルドベキア。それに合わせ、ドライのルドベキアが主役のミニブーケをディスプレイ。


▲2021年カレンダーの包装を待っている紙袋。テーマとなっている山野草のスタンプを、テキスタイルパターンのように配して。

古道具と同じように、朽ちていくものの中に一緒に存在していられるような、そんな作品でありたい・・・。そう語る加藤さんのつくるスタンプは、植物の息吹を、ありのままに、余すところなく捉えられているからこそ、古いものとの共存ができるのかもしれません。

時代の流れとは逆を行くようで、ずっと先を見据えているものづくり。HUTTE.の生み出す世界観は決して朽ちることなく、道を進みます。

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