HUTTE.加藤絵利子さん(アトリエ取材・前編)|扉を開ければ、時を忘れる創作の世界へ。ここから生まれる手彫りスタンプもいつか“未来のアンティーク”に。

HUTTE.加藤絵利子さん(アトリエ取材・前編)|扉を開ければ、時を忘れる創作の世界へ。ここから生まれる手彫りスタンプもいつか“未来のアンティーク”に。

繊細な植物を描いたモノクロームの手彫りスタンプで、多くの人を魅了する「HUTTE.(ヒュッテ)」の加藤絵利子さん。つくりらでは『手彫りスタンプで、アレンジをたのしむ 植物図鑑 図案集』の発売に合わせてインタビューを行いました。今回は、アトリエを訪問しての取材。こだわりの空間やふだんの作品づくりについてたっぷりお話を伺ってきました。前編・後編の全2回でお届けします。

撮影:清水美由紀  取材・文:酒井絢子

静かな住宅街の中、緑広がるお庭に佇む小さな板張りの建物が、HUTTE.のアトリエ。古いものの魅力を知る人であれば必ずワクワクするような、古材建具を使った木のドアから、加藤さんが出迎えてくれました。

 

HUTTE.の世界観がぎっしり詰まった空間に

▲HUTTE.の加藤絵利子さん。

HUTTE .という屋号は、ドイツ語で「山小屋」の意。
「やっぱりそれらしい小屋をアトリエにしたいなとずっと考えていて。訪れたときの第一印象を決めるドアを最初に決めてから、ほかの部分を形づくっていきました」


▲フランスの納屋で使われていたというドア材は、もともと内開きだったものを外開きに直し、アンティークの取っ手を取り付け、小窓部分に木の小さな引き戸をつけて。HUTTE.のアトリエにぴったりの、存在感あるドアに生まれ変わらせた。


▲まぶしい緑の中、静かに佇むアトリエ。建てた敷地はもともと自宅のお庭だった。野菜などを育てる畑と、バーベキューができるスペースは確保し、家族と楽しんでいるそう。


▲シルバーリーフの可憐な白い花が、古材が生きるスクールチェアの上で来客にごあいさつ。ゆったりと広がる芝生には、春になると野の花が顔を出す。「くまなく探して見つけ出すのが楽しくて。引っこ抜いてはアトリエでスケッチしています」

植物を描いたスタンプを作っていこうと決心し、2013年に屋号を決めようと考えを巡らしていた頃。加藤さんの頭の中には、はっきりとしたイメージが見えてきていたと言います。

「アルプスのようなところにぽつんと山小屋があって、その中はボタニカル柄の壁面と色彩豊かなお花があり、誰かが描いたり彫ったりしている・・・そんなイメージが思い浮かんで。ああ、これだ、ここに私がいる!って思って、屋号を『HUTTE.』にしよう、と」


▲枝の分かれ目やカーブを生かしてつくりあげたHUTTE.の看板。かしこまった素材よりも身近にある自然の中から、一緒に朽ちていけるものを…と考え、このように。

 

自分なりの表現を探して

HUTTE.としての活動を始める前は、子育てのことや100円ショップのリメイクなどについてブログで発信していたという加藤さん。その頃、いずれ子どもの手が離れたときに何かの趣味を持っていたいと思って始めたのが、消しゴムはんこでした。

「ちょうど消しゴムはんこが流行り始めた時期で。本を見て一通りの彫り方を学んで、娘の名前を彫ったり、動物の絵を彫って子ども服におしたり。連絡帳用の“見ました”はんこも作っていました。もともと手を動かすのは好きな方ではあったのですが、ハンドメイドが特別好きというわけではなかったので、子どもがいなかったら、はんこにも出会ってなかったと思います」

また、当時はナチュラルなアイテムが好みだったけれど、ブロガー仲間の影響で古道具の良さを知るようになり、その世界に没頭するように。


▲独立したアトリエは「足を踏み入れるだけで、気分の切り替えになる」と加藤さん。アトリエができるまでは自宅リビングの一角で制作をしていたそう。


▲全体の印象を決定づける床は、木材屋さんで選び抜いて買い付けたもの。右手前に写っているのは、あちこち探して巡り合ったというオークの天板に、鉄脚を取り付けたテーブル。「晩年にはソファなども置いて、バーのようにお酒を飲んだりしたいな」

そのうちネットオークションで消しゴムはんこ作品を出品するようになり、それを皮切りに、オンラインでの委託販売やオーダー受注、イベントへの参加など、消しゴムはんこにまつわる活動も活発に。楽しみながら軌道に乗り始めたことから、仕事としてやっていけるかもしれないという気持ちも芽生え始めます。

「でも消しゴムはんこの世界には、すごく“かわいい”感じのものしかなかったんですね。 そういうものは溢れているから、だったら私は写実的なものをつくろう、と。自分が好きな植物をリアルに描いてみようと思ったんです」


▲なんでもフレームに見立てて飾るのが好き、という加藤さん。右側にある、作品がおさめられているものは、古時計の一部分。左側の鏡も古道具店で購入したもの。


▲アトリエの中心部に吊るされているのが、古道具店で一目惚れしたという雰囲気抜群の照明。ライトが照らし出す夜のアトリエも素敵なんだそう。

 

身近な植物をモチーフに、より本物らしく

昔から絵を描くのは好きだったという加藤さんですが、描く技術に彫る技術が追いつかず、表現したい植物たちもなかなか納得のいく形にはなっていかなかったそう。

「技術を向上させる目的も兼ねて、365日の誕生花を彫ってみようと挑戦したんです。彫り続けていたら、やっぱり自分としても彫れるようになってきたなって。描くことにも彫ることにも自信が持ててきました。修行のような日々でしたけど、『ああ、私のやりたいことはこれなんだ!』って、先も見えてきて。本当にやりながら、積み重ねの大切さを実感しました」


▲窓枠上の棚にディスプレイされているのは、『植物図鑑 図案集』の代表作ともいえる、野ばらのスタンプをレイアウトしたギフトボックス。


▲レンゲのスタンプ作品をラフにレイアウト。フレームとして使用しているのは、籠編み作家さんによる籐のオーバルプレート。


▲オリジナルラベルをエッセンシャルオイルの空き瓶に。左端の木にケースは古道具の目薬瓶が入っていたもの。

インスタグラムでも発信を続けているうち、委託販売をしていた香港のショップで個展の依頼があり、365日の誕生花を中心にした展示をすることに。そのタイミングで、HUTTE.という屋号が生まれたのでした。

今では「植物以外のモチーフには興味が持てない」と言い切るほど一意専心。より本物に近づくようにと、観察と描写を繰り返しています。


▲ドア横のディスプレイスペースに飾られているのは、2018年の作品展でDMにも使用したヒヤシンスの作品。ガラス瓶の上にあるのは、古いキャンバスに秋色紫陽花のスタンプ画を重ねたもの。


▲著書の2冊や掲載誌も並ぶ、小さなコーナー。初めての著書『ボタニカル図案集』(ブティック社)は台湾版も発売された。


▲レターセットに重ねられているのは、2018年のつくりら文化祭で加藤さんと同じく出展者だったヴェロニカ・ハリムさんによるHUTTE.のサインのカリグラフィー。

 

古道具やドライボタニカルに溶け込む作品を

アンティークに囲まれたアトリエの中、植物を描いたモノクロームのスタンプ画はそこかしこで存在感を示しています。そのままギャラリーとして開放してもよさそうなほど、すべてが美しくまとまっていて落ち着く空間です。

「作品を飾るときは、古道具やドライになった植物たちとマッチしているかどうか、溶け込めているかどうかをいちばんに考えています。そしてこれから先、いまあるものも古びていって、たとえば100年経ったあとでもHUTTE.の作品が違和感なく残っていられたらいいな・・・なんて」


▲古い洋書のページを破いたものに紫陽花のスタンプをおし、額装。経年変化を感じる風合いと相まって、ストーリーを感じる仕上がりに。コンクリートのようなテクスチャーの壁は、実は壁紙。


▲『植物図鑑 図案集』でハンカチや紙袋にもあしらわれていたバラモチーフを、ラベルと共にアレンジしてディスプレイ。「イベントのときのディスプレイに使うものもいろいろ集めています。作品の背景となるものは、すごく大事だし、本当に難しい」

目指すところが明確で、納得のいくところまで繰り返し続けているからこそ、圧倒的な完成度の高さを生んでいるのでしょう。後編では、その精緻な技術の秘密をさらに探っていきます。

 

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