アトリエFilさん|『立体刺繍で織りなす、美しい花々とアクセサリー』。1枚の布が本物の花のように変身する瞬間の喜びは格別

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アトリエFilさん|『立体刺繍で織りなす、美しい花々とアクセサリー』。1枚の布が本物の花のように変身する瞬間の喜びは格別

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ミモザにオールドローズ、フランネルフラワー・・・本物と見まごうばかりの清楚で可憐な野の花たちを刺繍で再現するのは、「アトリエFil」(アトリエフィル)の清(せい)弘子さんと安井しづえさん。ユニット結成のきっかけから今日までの活動の軌跡、6月に出版された新刊『立体刺繍で織りなす、美しい花々とアクセサリー』のことまで、たっぷりとお話を伺いました。

撮影:上林徳寛 取材・文:梶 謡子

花びらや葉の形、自然によって生み出された美しいグラデーションや陰影、葉脈の1本1本まで、緻密に再現された立体の花々。


▲ バラ、アネモネ、ビオラなど、1枚1枚丁寧に刺繍された花びらは、まるで本物の花をそのまま写しとったかのよう。1つひとつの花をつぶさに観察し、それぞれの特徴をしっかりとらえた細やかな針仕事に、思わず感嘆の声があがる。

 

ワイヤーを使って三次元の世界を表現

これらが刺繍でできていると聞いて、驚かれる方もきっと多いことでしょう。ワイヤーを布に縫いとめ、刺繍を施してから切り抜き、個々のパーツを組み立てることで愛らしい花たちが生まれます。この手法は、16世紀のイギリスで流行した「スタンプワーク」の一種で、詰め物をしたり、ワイヤーを使って刺繍を立体的に仕上げる技法です。


▲ポンポンのような小さな花を無数につけるミモザ。葉の細部に至るまで特徴をとらえ、見事に再現。


▲風にそよぐジャーマンカモミール。小さな花びらは薄手のオーガンジー地に刺繍。


▲春の庭に群生するクロッカス。2種類の形の花びらを重ねて、よりリアルに。


▲うつむき加減に咲く花姿が愛らしいスノードロップ。がくの部分には糸でくるんだウッドビーズを使用。


▲凛とした花姿が印象的な椿は、赤い糸を部分的に刺し入れて。

 

独学で体得していった立体刺繍

安井さんと清さんが「アトリエFil」として活動をスタートさせたのは2004年のこと。発足当初のメンバーは3人でした。それぞれが「戸塚刺しゅう協会」で長年刺繍を学び、講師としての資格をもつベテランぞろい。ご主人の転勤などをきっかけに同じ教室に通うようになったのが縁で交流が深まりました。


▲アトリエでの教室やカルチャーセンターで毎週のように顔を合わせるという清さん(左)と安井さん(右)。まるで仲の良い姉妹のよう。

「お互い20年以上刺繍を続けてきて、平面の刺繍にちょうど飽きていた頃でした。花の一部をカットワークにしてみたり、花びらの外周にワイヤーを縫いとめてみたり。どうしたら刺繍を立体にできるのか、顔を合わせるたびに情報交換をするようになりました」と清さん。そんなときに出会ったのが、『Dimensional Embroidery』というオーストラリアの本でした。


▲安井さんのアトリエの本棚には、参考資料としての洋雑誌や洋書がぎっしり。手に取っているのは立体刺繍をつくるうえで、大きなヒントを与えてくれた洋書『Dimensional Embroidery』。

「ワイヤーを使ったスタンプワークが紹介されている本なのですが、花の1つひとつがとても生き生きしていて衝撃を受けました。ただ、洋書ということもあり、内容がわかりにくく、実際に完成させてみると仕上がりのイメージも違っていて」

この本ではウール糸が使われていましたが、より繊細に仕上げるため、安井さんたちはシルク糸や25番刺繍糸を使ってアレンジ。型紙や工程、仕立て方も、自分たちに合った方法を模索していったそう。


▲日本ではあまり知られていない技法が知りたくて、さまざまな刺繍の技法を紹介した洋書を長年に渡って集めてきたという安井さん。こちらの3冊はスタンプワークを紹介したもの。ヨーロッパの刺繍では、虫をモチーフにしたものも多く見られる。

完全な立体にするために自分たちでアイデアを出し合い、素材や型紙、ワイヤーの貼り方、刺し方の手順などもすべて変えて・・・。こうして独自の方法を模索し続け、ようやく完成したのが“Filの花”です。


▲花びらや葉の輪郭に添って布にワイヤーを縫いとめ、その内側をロング&ショートステッチで丁寧に刺し埋めていく。

 

 小さな一歩が人生の新たな扉を開く

「最初の本を出すきっかけは、ほんの偶然。当時、雄鷄社から発行されていた『刺繍通信』という雑誌の編集部に問い合わせの電話をした際、編集部の方が私たちに興味をもってくださって、作品制作に参加させてもらえることになったんです」と清さん。

「最初にお話しをいただいたときは、とにかく嬉しくて。ただただ夢中で手を動かしました。それが縁でアトリエFilの活動や立体刺繍の花にも注目していただき、作品展にワークショップ、著書の発売と、活動の場もどんどん広がっていきました」


▲この13年間に出版された本は、著書だけでも10冊以上に及ぶ。いちばん上が2006年に発売された初著書『ワイヤーワークの花刺しゅう FLOWERS』(雄鷄社)。

ユニットの発足当時、3人はすでに子育てもひと段落し、いわゆる人生の折り返し地点を迎える年齢。ささやかな一歩が人生の新たな扉を開くきっかけとなり、その後の目覚ましい活躍へとつながっていったのです。

 

作品の表情を左右する糸へのこだわり

現在、アトリエFilとして教室やカルチャーセンターで立体刺繍を教える傍ら、それぞれの自宅でも刺繍教室を開催しているというおふたり。その合間を縫って、作品展や著書の準備を進めるなど、目まぐるしい日々が続きます。


▲ベースには平織りの麻を使用。花脈の方向に沿って、花びらの外側から内側に刺し埋めていく。


▲安井さんのアトリエ。壁一面にしつらえた大きな本棚には、洋書などの資料とともに糸などの材料がぎっしりと並ぶ。

ユニット名にもなっている“Fil”とは、“糸”を意味するフランス語。作品の表情を左右する刺繍糸は、ふたりが最もこだわっている素材です。シルクやコットンなど素材の違いだけでなく、同じ25番刺繍糸でもメーカーによって色や質感が微妙に異なるため、アトリエにはさまざまな種類の糸を用意しています。

実際の作業は夜に進めることが多いため、それぞれの自宅に作業スペースを設け、作品づくりに必要な材料や道具を常備。今回、おじゃました安井さんのアトリエでは、部屋の一角に大きな本棚が置かれ、材料や道具、資料などが使いやすく整理されていました。


▲メインの材料となる25番刺繍糸は、一目でわかるよう、メーカーごとにわけて透明なケースに収納。


▲光沢が美しい太めのパールコットンは、おもにスタンプワークなどに使用。色別に整理して引き出しに。


▲作品づくりに欠かせない愛用の道具たち。左上から時計回りに目打ち、フランス刺繍針、手芸用はさみ、ワイヤー用はさみ、手芸用はさみ。


▲よく使う針はお手製のニードルブックに収納。レッスンの際など、持ち運びにも便利。


▲安井さんの引き出しの中に見つけた愛らしいまち針。撮影中、横からのぞき込んだ清さんが、「私もかわいいのをたくさん持っているのよ」と愛用のまち針を見せてくれた。根気のいる作業が続くときも、心なごむソーインググッズが一服の清涼剤に。

 

 立体刺繍の果てない魅力

「6月に発刊した『立体刺繍で織りなす、美しい花々とアクセサリー』では、編集者の方から具体的なテーマをいただき、今までよりもさらに繊細で可憐な花にチャレンジすることに。どうしたらより本物に近づけるか、花のつき方から葉の形、色はもちろん、より美しく仕上げる方法をふたりで話し合いました」

制作当時を懐かしく振り返る安井さんに続けて、清さんもエピソードを披露。

「夜中に完成した作品の写真をメールやSNSで送ると、同じように相手も起きていて。『うん、いいんじゃない?』とか『ここはもう少しこうしたら?』とか、すぐに返事が返ってくるんです」

長年活動を共にしているせいか息もぴったりなおふたり。なにげない会話のやり取りからも、互いに信頼し合っていることが伝わってきます。


▲最新刊『立体刺繍で織りなす、美しい花々とアクセサリー』に登場した花や虫たちを集めて、表紙を再現したフレーム。庭に咲く小さな花を集めて、秘密の花園をイメージしたそう。


▲こちらも最新刊の掲載作品。冒頭で紹介したミモザやカモミール、スノードロップ、椿の立体刺繍は、安井さんのアトリエにフレームとして飾られている。

13年に渡るアトリエFilの活動のなかで、常に主軸にあり続けた「立体刺繍」。そのいちばんの魅力はどこにあるのでしょう?

「今は短時間ですぐに完成できるものがもてはやされる時代ですが、工程も多く、根気と緻密さが必要とされる立体刺繍はそうはいきません。だからこそ、1枚の布が立体になって、本物の花のように変身する瞬間の喜びは格別なんです」

一針一針、愛おしそうに手を動かしながら語るふたり。その原動力となっているのは、発足当時から変わらない立体刺繍へのつきせぬ思いです。

 

 

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