Shionさん(前編)|繊細で美しいリュネビル刺繍に魅せられて、フランスで培った技術を極める日々

Shionさん(前編)|繊細で美しいリュネビル刺繍に魅せられて、フランスで培った技術を極める日々

フランスの伝統的なオートクチュール刺繍のひとつであるリュネビル刺繍。その技法を用いて、ポップで現代的な表現を続ける刺繍作家のShion(シオン)さん。誰もが目を奪われてしまうほどのクオリティーの高さと軽快な手さばきは、本場フランスで本格的に鍛えられたものでした。作品制作に参加したという『はじめてのオートクチュール刺繡』の出版に合わせ、アトリエにお邪魔してお話を伺いました。前編・後編の全2回でお届けします。

撮影:奥 陽子 取材・文: 酒井絢子

ポップなカラーであふれ、足を踏み入れるだけでワクワクするようなShion(シオン)さんのアトリエ。こちらでリュネビル刺繍レッスンも開催されています。1回につき生徒さんは1〜2名ほどで、Shionさんの指導を間近にたっぷりと受けられるのだそう。


▲外側がピンク、内側がパープルのキャビネットは、Shionさんご自身がペイント。刺繍道具を収めた、椅子の傍にあるワゴンも同色。

Shionさんはパリにあるオートクチュール刺繍学校の名門Ecole Lesage(エコール・ルサージュ)で本格的にリュネビル刺繍を学んだ一人。ルサージュには世界中から刺繍を志す人が集まりますが、その中でもShionさんは、ほとんどの課題を1年3か月という短期間でこなしたという突出した才能の持ち主です。

 

リュネビル刺繍との出会いは雑誌の1ページ

そこまでのレベルまで腕をあげるほど、Shionさんがのめりこんだリュネビル刺繍の世界。驚くべきことに、もともと手芸やハンドメイドには全く縁がなかったという彼女がこの世界に飛び込むきっかけとなったのは、たまたま目にしたファッション雑誌でした。


▲アトリエ内の壁に飾られているのは、額装されたルサージュの課題作品。いずれも圧巻の美しさ。

「巻末の占いページに小林モー子さんの刺繍が載っていたんです。一目見てかわいい!って思って。ページをよく見たら下の方に小さくWebサイトが書いてあり、都内で教室をやっていることがわかり、さっそく通い始めて。そこで初めてリュネビル刺繍を知りました」

そうして小林モー子さんの元で刺繍を学んだ後は、岩下ゆかりさんの教室にも通ったのだそう。その後フランスへ渡り、ルサージュだけでなく、アトリエ・ダロルティ(Ateliers Darolti)、レ・ボザール・ドゥ・フィル(Les Beaux Arts du Fil)と3つの刺繍学校へ。


▲上の作品は、ルサージュのオートクチュール・プロフェッショナルコースで始めに習う練習課題。リュネビル刺繍の初心者向けレッスンでは、刺繍枠に合わせた大きさの生地でさまざまな形のサンプラーを仕上げることが多い。

「ワーキングホリデーに行けるのが30歳までだったので、行ってみようかな〜と。全然、意を決してって感じじゃなかったですね。3校も通ったのは、時間もたっぷりあったし、せっかくフランスまで行ったならやってみよう、と思ったから」

 

フランスでリュネビル刺繍に打ち込む日々

月水金でルサージュに通い、土曜日はダロルティ、火曜か木曜はレ・ボザール・ドゥ・フィルの短期コースへ。それらの宿題の量も莫大で、フランスにいる間はどっぷりと刺繍漬けの毎日だったそう。そこまでできるのはよほどのこと。さぞかし刺繍にのめり込んだからかと思いきや・・・。


▲直線や円といった単純な形のなかで、多彩な素材を使い、リュネビル刺繍や針刺繍などの基本的な技術を学ぶ。

「とにかく向こうでやることがなかったんですよ(笑)。語学学校にも通っていなかったし、アルバイトとかもしていないし、しょっちゅう遊ぶような友達もいなかったから。観光も友達が遊びに来てくれたときに行ったりするくらいで、毎日することじゃないし」

こともなげに語るShionさんですが、その作品を見るにつけ、並大抵の姿勢では習得できない高度な技術をフランスで身につけたことがよくわかります。

 

難易度の高い課題も次々にこなす

ルサージュで2016年4月から新しく加わったトレーニングシリーズも受講したそうですが、なんとその課題をすべてこなした世界で初めての生徒がShionさん。このコースはさまざまな技術を織り込んだ8つのレベルで構成されており、学習時間はトータルで264時間に及びます。


▲新たなトレーニングシリーズの課題、レベル1「ミショネ」。Shionさんは「これが一番簡単だった」とさらりと言うが、素人目には「まさか」と思うほどの緻密さ。


▲レベル3「オートクチュール1930年代。新しいトレーニングシリーズでは、これまでのメゾン・ルサージュの保存資料からインスピレーションを得た図案を用いて、年代ごとに異なる刺繍トレンドをたどっている。


▲レベル4「オートクチュール 1940年代」。フエルトの詰め物をして立体感を出すほか、フェイクファーのアップリケも。課題によって、ベースになる布もそれぞれ違う。基本的にはシルクオーガンジーで、チュールやシルクシフォンを用いることも。


▲レベル8「オートクチュール 2000年代」。さすがのShionさんもこれが一番難しかったと言う、見れば見るほど難易度の高さを感じる作品。

Shionさんは新しいトレーニングシリーズだけでなく、エコール設立の際に考案されたという従来からのシリーズも受講しており、中でもプロコースのオートクチュール習作は完成させるまでとても大変だったそう。


▲ファイリングされたルサージュの課題図案。従来のトレーニングシリーズの図案は、色鉛筆などで描かれた手書きのものがコピーされて生徒に配られる。


▲読み解くのにもたやすくはいかない、非常に細かな課題図案の指示書。あくまでも指示書なので、色は実物とぴったり合うわけではない。

「刺しても刺しても埋まらない。これにはほかの受講者のみなさんも苦労していたと思います。50回目のレッスンが終わっても仕上がらなかった人も。でもこの作品を仕上げれば、従来からのシリーズのレベル1から6までの技法が習得できるから、これだけを終えて帰国する人も多いです」


▲オートクチュール・プロフェッショナルコースで仕上げるこの作品は、縦40㎝ほどもある大作! 多様な技法とふんだんな素材に目を見張る。


▲縁取りの一部を埋めている珊瑚色の糸は、ヴェルミセルと呼ばれる技法。チェーンステッチの一目ごとに異なる向きで刺しながら面を埋めている。

 

みっちりと積み上げた鍛錬の上にある現在

Shionさんがリュネビル刺繍をすっかり自分のものにできたのは、才能はもとより、フランスでの日々の積み重ね。そこまで極めることができたのは、「ちゃんとしたところに通ったからじゃないかな」と言います。誰しもが感心してしまうほどの作品をつくり上げるほどになるには、やはり伝統に基づいた本式の技術を、順を追って習う必要があるのでしょう。


▲左は、Shionさんが「背景もモチーフも、よく刺したな〜って感じ」と言う、従来のシリーズでレベル8の課題「ジヴェルニー」。真ん中が新たなシリーズのレベル6「オートクチュール1960年代」の課題。


▲水色や黄色の花を縁取る部分は、サテンステッチ。実はサテンステッチがリュネビル刺繍ではもっとも難しい。


▲スパンコールやビーズが入ったキットつきのルサージュの本『L’ECOLE LESAGE CHEZ VOUS』。キットはついていないが日本語版も出版されている。

後編では、本場フランスで技術を極めたShionさんが現在取り組む、自由でアーティスティックな作家活動についてお伝えしていきます。

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