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植物刺繍と季節のお話 第10話(前編)| 装飾フレームと白い花

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刺繍作家・マカベアリスさんが、めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでをエッセイで綴ります。第10話では、マカベさんが出会った装飾フレームに合わせた白い花の刺繍が登場します。

撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス

罫線のない真っ白なノート。
新しい年を迎えると、ノートを初めて開く時のような、清々しい気持ちになります。

昨日までの古い自分とはおさらばして、また新しく始められるという希望。一年に一度このような時を与えられるということは、ありがたいことだと、今年は特につくづく感じました。

 

心に残った孔子の言葉

そんなまっさらな心に、新しい言葉が入ってきました。

「天、何をか言わんや。四時行われ、百物生ず。」

−天は何も言わないようでも春夏秋冬の四季は巡っているし、万物は見事に成長している。それを通して全天全地は語っている。−

孔子の言葉です。

「論語」もろくに読んだことがない私が、いきなりこんな言葉を持ち出して恐縮ですが、たまたま開いた書物で読んだ、この言葉が心に残り、日に日に大きくなっていきました。

言葉にならない言葉で全天全地は語っている。声にならない声がこの世界には響いている。

 

地球上の「生かそう生かそう」とする命

昨年の春、花の後にとっておいたヒヤシンスの球根を、秋に水栽培にしておいたら、ぐんぐんと根が伸び葉が出て、真っ白な花びらが顔を出しました。

家の前のコンクリートの硬い塀の割れ目から、果敢に青々とした葉を伸ばす草。

公園の木の、枯れたように見える細い枝からは、よく見ると冬芽が準備されていて、じっと春を待っています。

どこにでもある風景ですが、こんな小さな兆しにも、この地球上には「生かそう生かそう」とする命が存在することを感じます。

そんな言葉にならないような言葉をいつも感じ取り、表現していくものでありたいなあ。年頭にあたり、そんなことを思っていました。

 

心惹かれたデコラティブな額

今年も引き続き、主に植物をモチーフにした作品づくりに勤しみたいと思うのですが、昨年末ちょっとした出会いがありました。

所用のため、久しぶりに出かけた銀座で、ふと立ち寄った画材屋さん。そこの入り口近くの小さなスペースに、無造作に小さな額が並べられていたのです。なんとなく心惹かれて眺めていると、店員さんが、「これは大きな額を作った後の端材を組み合わせてつくったもので、年に2回くらいしか店頭に並ばないものなんです」と。

確かにこんなデコラティブな額は、たいてい大きく立派なものなのに、これは端材でつくったと言われるように、小さい。けれどそのアンバランスが却ってかわいくもあり、見ているとだんだん中の絵が立ち上ってくるようで、さらにその装飾的な凹凸が、刺繍と似合うような・・・。気づいたら4つほどを抱えてレジに向かっていました。

 

思いがけない出会いが創作意欲を掻き立てる

普段は、どちらかというと「素朴」や「シンプル」が好きと自覚している私ですが、こんなデコラティブな額を手に入れて喜んでいるなんて、「出会い」とはおもしろいものです。しかしこんな思いがけない「出会い」があるからこそ、新しい創作意欲も湧いてくるのでしょう。

その後に立ち寄った老舗書店の絵本フロアでも小さな額をいくつか見つけ、さらに意欲を刺激されて、ホクホクと大荷物を抱えて帰ってきたのでした。

 

額に引き寄せられた冬の白い花

画材屋さんで見た時から、「これは冬の白い花だな」と思っていた薄水色の額。
新年最初は、この額に入れる作品を作ることにしました。額の色に合わせて、生地の色はブルーグレーに。

白い花は冬にも美しく咲くプリムラをモチーフにしました。

額の模様に合わせて、バックには生地と同系色の楕円の水玉を。

額の模様と刺繍の立体感が、呼応するようなちょっと面白い作品になりました。普通は、作品に合わせて額を選ぶものなのでしょうが、お好みの額を見つけて、そこから図案を考えることも時には良いかもしれません。

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