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植物刺繍と季節のお話 第7話(後編)| 草花刺繍のしおり

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刺繍作家・マカベアリスさんが、めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでをエッセイで綴ります。第7話のテーマは読書。前編ではブックカバーを紹介しました。後編ではしおりが登場します。

撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス

 

金木犀の香りで思い出が蘇る

良い香りに思わず振り返ると、やはり金木犀でした。

マスク越しにも届く、強いけれど優しい香り。もうこんな季節なのか・・・と思わず足を止めました。

子どもの頃に住んでいた家の庭には金木犀の木がありました。

花の時期になると、地面に落ちたオレンジ色の小さな花を無心に拾い集めたものです。秋の澄んだ空気、少し薄暗い庭に光るように咲いていた金木犀、拾い集めた時にかいだ土の匂い・・・。香りというものは言葉より鮮やかに、あの頃の景色を脳裏に蘇らせてくれます。

 

曼珠沙華と銀杏の葉

少し歩くと、住宅街の路地にも真っ赤な曼珠沙華が咲いていました。銀杏の葉は美しく色づくのを待っているように、さわさわと揺れています。

花が咲き残った百日紅の枝の先は、ツブツブとたくさんの青い実。この中にはぎっしりと種が詰まっているそうで、次の世代への準備が粛々となされているのでした。

 

ブックカバーと一緒のしおり

さて、引き続き読書の秋。前回ブックカバーを作ったので、一緒に使うしおりも作ろうと思い立ちました。刺繍をして、両面接着芯で裏布を貼り付け、形に裁ってから刺繍糸で作った撚りひもを通すだけなので、仕立ても簡単です。

まずは図案。今回は秋の草花をイメージして。

余談ですが、最近デジタルで図案を描くことを覚えました。「図案づくり」は刺繍制作の要でもあるのですが、だからこそ、かなり試行錯誤を繰り返します。どんなモチーフを使うか、場合によっては写真や図鑑などを広げて、スケッチから始まり、枠組みを決め、バランスを見ながらレイアウトしていく。ちょっとしたバランスの崩れでもう一度全てを描き直し・・・ということも多く、何枚も紙を使って、効率が悪いなあ・・・といつも感じていました。

遅ればせながらデジタルにいつかは切り替えたいと思いつつ、習得が面倒に感じて先延ばしにしていました。

けれど短い期間にたくさんの図案を作る仕事が増え、ついに先日重い腰を上げてトライしたのです。やってみるとさほど難しくはなく、イメージ出しや修正も簡単で、早く切り替えておけば良かった・・・と悔やまれるほどです。

 

忘れられない読書体験

しおりをつくりながら、高校生の頃の忘れられない読書体験を思い出しました。

その頃、地下鉄に一時間あまり乗って通学をしていたのですが、この通学電車の中ほど、読書に熱中できる場所はありませんでした。

数々の本を読み耽りましたが、中でも熱中したのは司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。言わずと知れた江戸時代末期の志士、坂本竜馬が主人公の歴史小説です。この司馬遼太郎が描く竜馬像が本当に魅力的で、グイグイと引き込まれていきました。

読み進むうちに、明治維新前夜の志士たちの、命をかけても国を思う熱い志、歴史が動く時の躍動感などが心に迫り、教科書で習った無機質の歴史(あくまでも私の場合ですが)と違って、歴史とはこんなに面白いのか・・・と夢中になったものです。

小説の中の竜馬は時に勇敢で、時に子どものように無邪気で、本当に魅力的でした。その魅力につられて、文庫本にして8巻まであるこの小説を一気に読んでしまったのです。

ちょうどその頃、日本史の授業で明治維新を習い、先生が黒板に書いた「坂本竜馬」の文字になぜかドキドキしてしまったのを覚えています。恥ずかしながら、淡い恋心が芽生えていたのかもしれません・・・小説の人物に。

読書は、いつも新しい心の扉を開いてくれます。画像検索をしてわかったつもりになっていないで、やはりじっくり本を読む時間をつくろう。そんな時、ひと針ひと針刺繍したこのしおりは、いっそう豊かな時間を演出してくれるかもしれません。

 

 

 

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