植物刺繍と季節のお話 第1話(前編)| 春は道草注意の季節です。 

刺繍作家・マカベアリスさんの新連載が始まりました! 四季折々の身近な植物から感じる思いや思い出、気づきや喜び。前編では、自然の景色や植物の写真とともに綴るエッセイを、後編では、そこから着想した作品を披露。植物のもつ美しさ、かわいさ、たくましさを、マカベさんの手刺繍の作品でお伝えしていきます。

撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス

春は道草注意の季節です。

期限つきの仕事をいくつか抱え、作業部屋にこもり、ひたすら制作する日常なのですが、2、3日に一度は冷蔵庫の中の食料が乏しくなっていることに気づきます。そこでやむなく作業を中断して、買い物に出かけるのです。

今日も作業中の作品に未練を残しながら、買い物バッグを片手に急ぎ外に出ました。思った以上に外は暖かい。マンションの階下まで降り、見上げると、素晴らしい青空。

 

何もなかった塀に黄色い花が咲いた

自転車に乗ろうとして、ふと道の向かい側のコンクリート塀の隙間からすっくと伸びた黄色い花を見つけました。ついこの前までは何もなかった塀です。近づくとオニタビラコの花。確か昨年もここで咲いていました。すらっと伸びた細い茎の先に小さな黄色い花をいくつも咲かせる様子がとても愛らしいのです。

その足元には、これも黄色のカタバミ。葉が暗い赤紫色のこれは、正確にはアカカタバミというらしいのですが、明るい黄色の花びらとのコントラストがいつも美しいと感じます。

 

小さな草花たちに、まず挨拶を

少し先に目をやると、ナズナ(ペンペングサ)が風に揺れています...。こうなるともう自転車になど乗っている場合ではありません。

春がやってきたのです。道端のあちこちに顔を出している小さな草花たちに、まず挨拶をしなければ。

ペンペングサのダンスを横目に見ながら歩き始めました。

空き地には今年もハナダイコンの薄紫色。公園脇の植え込みに伸びたノゲシはもう綿毛になった花もあります。その下に咲くタンポポ。花の上でミツバチが一所懸命働いています。よほど夢中らしく、かなり近づいても逃げる様子はありません。

カラスノエンドウは対に並んだ小さな葉がかわいい。濃いピンクと薄ピンクの花が小さいながらも気取ったお姫さまのようです。

公園の草むらにはオオイヌノフグリ。小さな小さなその花の深い深い青色には、大げさながら小宇宙を感じてしまいます。

公園を出て、電信柱の下には、これも昨年と同じ場所で咲いているアカツメクサ。咲き始めの、グリーンがかったような薄紫色がとても美しい。

 

「きっと大丈夫」と言われている気がする

こうして春が来て暖かくなると、こんな都会の道端にも、色とりどりの小さな草花が自ずと生えてきます。当たり前のことのようで、私はいつも感動するのです。

この世界には、こんな小さな草花でさえ「生かそう生かそう」とする命があること。その大きな流れに身を委ね、のどかに、それでいて逞しく淡々と命の営みを続ける草花たち。その姿には尊敬の念さえ覚えてしまいます。

そして、私たちもこうして同じ地球に生を享けているのです。今は特に、新しいウイルスの出現で、世界は大変な事態に陥ってしまいました。なかなか先の見えない不安も感じます。けれども、この草花の姿からも「生かそう」とする命を感じる時、風に揺れるペンペングサにも「きっと大丈夫」と言われている気がして、励まされるのです。

さて、だいぶ道草してしまいました。我に返るとそう言えば、大事な制作の途中でした。草花を求めてあっちにフラフラこっちにフラフラ、時に立ち止まったり座り込んだりするおばさんは、周りから見るときっと不審に違いないでしょう。

早めに買い物を済ませて、制作に戻らなければ...。と歩き出した途端、ああオレンジ色の可憐な花びら。早咲きのナガミヒナゲシが一輪だけ咲いているのが目に入るのです。

春の道草からは、なかなか帰れそうにありません。

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