更新日: 2020/05/14
4月から始まった刺繍作家・マカベアリスさんの新連載。めぐる季節のなかで出会った自然の景色や植物から刺繍作品ができ上がるまでをエッセイで綴ります。第2話は新緑がテーマです。
撮影:マカベアリス、奥 陽子(マカベさん) 作品制作・文:マカベアリス
四月半ばに花屋で求めたコデマリの枝。リビングの片隅で、雪のようなかわいい白い花を楽しませてくれました。 すっかり花が咲き終わったので、枝を捨てようと手に取ると、小さな緑色の芽が目に入りました。よく見てみると、それは枝のそこここにたくさん顔を出しているのです。これは捨てるわけにはいかない。
咲き終わった花を摘み、花瓶の水を換えてもう一度枝を挿し直しました。数日して見てみると、透明感のある黄緑色の葉が生え始めました。東の窓から入る朝陽を受けて、生まれたての緑は輝いています。こんな手折られた枝も、陽の光と水さえあれば、生命の営みを続ける力を潜ませていたことに、改めて感動しました。
さて、外はすっかり新緑の季節。冬の間、じっとエネルギーを蓄え準備していた木々たちが、暖かい風とともに一斉に緑の手を伸ばします。
「薫風」とはよく言ったもので、緑の木々を通り抜ける風は本当に爽やかで、縮こまっていた体にもみずみずしい力が吹き込まれるようです。
こうして生き生きとした木々のそばに佇んでいると、不思議と心に安らぎを覚えます。
少し以前ですが、『樹木たちの知られざる生活』(ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳・早川書房)という本を読みました。
著者は森林管理官として、ドイツの一地方の森を、樹木の習性を尊重した方法で営林しているのだということ。その本によると、ものも言わず、動くこともしないと思われていた樹木たちは、実は他の木々とコミュニケーションをとり、友情とも言える感情を持ち、音を聞き分け、長い時間をかけて移動もするというのです。
具体的な数々の事例は非常に興味深く、著者の自然への深い愛情には尊敬と共感を覚えました。そして、私はこの本に出会って以来、木々や自然への親しみが一層深くなったような気がします。
何百年、何千年と生命の営みを続ける木々は、人間とは違う時間が流れているのでしょう。目の前のことであくせくとしがちな私は、だから木々のそばに行くと、何だか大きな生命に包まれているような安心感を覚えるのかも知れません。
この時期ならではの新しい緑、風にそよぐやわらかい木の葉をどのように表現しよう。薫風を受けてすっかりリフレッシュした頭の中は、次の制作に向かって動き出しました。
後編では、新緑をテーマにした作品ができ上がるまでのお話と作品を紹介しています。
マカベアリス
刺繍作家。手芸誌への作品提供、個展の開催、企画展への参加、ショップでの委託販売などで活動中。著書に『野のはなとちいさなとり』(ミルトス)、『植物刺繍手帖』(日本ヴォーグ社)、『刺繍物語 自然界の贈りもの』(主婦と生活社)。共著に『彩る 装う 花刺繍』(日本文芸社)ほか。季節の流れの中に感じる、小さな感動や喜びをかたちにしていけたら…と 日々針を動かしている。
https://makabealice.jimdo.com/
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