更新日: 2018/12/10
お裁縫にまつわるあれこれを、針仕事研究家の安田由美子さんが深掘り解説する「大人の家庭科」。今回のテーマはアイロンです。前編ではさまざまなアイロンの種類と特徴についてお話します。
文:安田由美子(針仕事研究家 NEEDLEWORK LAB) 撮影:天野憲仁(日本文芸社)
アイロンは、仕立てのときの作業と、洗濯をしたあとの作業では少々違うところがあります。道具というものは、目的に合わせて選ぶとやはり使い勝手がいいものです。
家庭用ではスチームとドライの切り替えのできる軽いアイロンが便利です。軽いと持ち上げる作業がラク。これだけでずいぶんと苦手意識が軽減されるかもしれませんね。でも、重いアイロンは、アイロンの重み自体でプレスされていくので、持ち上げるときはちょっと力が要るけれど、すべらせるだけできれいに仕上がっていくのです。私は力が無いほうですが、重いアイロンは重宝しています。
▲上段・左から、パワフルなスチームの出るアイロン1600g 1400w、鉄のかたまりのようなウールの仕立て用のドライアイロン2400g 645w、パワフルなスチームも出る衣類スチーマー 705g 950w、下段・左から、やわらかいスチームだけのスチームアイロン1380g 250w、小物づくりやパッチワークに向いている電気裁縫ごて 270g 80w
同じようなアイロンでもワット数の大きさで、使い勝手に違いが出てきます。数字の大きなものはすぐに熱くなり、かけていて温度が下がってもすぐに元の熱さになるので、作業の効率がよいです。
ドライのみのアイロンは近頃あまり見かけなくなりました。私がウールの仕立てに使っているアイロンは、鉄のかたまりのようなアイロンで、ワット数は645w。温まるのには時間がかかるものの、いったん温まってしまうと、かなりの時間冷めません。仕立ての仕事としてはこれがいいのです。打ち込みがしっかりした(織り密度の高い)ウールなどの場合は、重いアイロンを使ってある程度の高い温度と水分を与えて手早くプレスして仕立てていきます。
コードレスの場合は、台に戻さないと温度が上がりません。ここでワット数が小さいと待つ時間が必要になります。ですから、時間を節約するならパワーのあるものを選ぶのがおすすめです。
小物づくりなどには大きなアイロンより、小さなものが便利です。袋状のものの中に入れて縫い代を割るなんてことは大きなアイロンではできません。「パッチワーク用」や「洋裁ごて」のような名称のアイロンは、ワット数も小さく、長時間使うときには省エネにもなります。
アイロンは座ってかけるより、立ってかけた方がいいですね。持ち上げるのも楽で、アイロンの操作もしやすいです。
大きさはある程度大きな方が使い勝手がよく、小さいものでは動かしてばかりできれいにかけられない上に作業もはかどりません。普段ワイシャツにアイロンをかける方なら、せめてワイシャツの背中が一気にかけられるくらいのものが普段使いに便利です。古くなったウール100%の毛布があれば、適当な厚さになるように折って白いシーツをかけても使い勝手のよいアイロン台になります。
洋裁で使う場合は、折りたためるフェルトのアイロンマットや、平らで大きくスチームを逃がすことのできるアイロン台が便利です。
▲下:アイロン台カバーに適した生地「ハイポラン」でくるんだプレスマット。上:銀色のアルミコートの生地を張ったアイロン台。熱を反射するので省エネになる。
プレスマットやアイロン台はカバーを掛けて使います。このカバーは糊を抜いた平織りの綿の布で、白い布が一般的です。方眼が折り込んであっても便利ですが、水分や熱を加えても色移りなどしないことを確認してから使いましょう。もともとついていたカバーをはずして、バキュームアイロン台のカバーに使う200℃まで耐えられる生地に取り替えて使うと、熱に強く焦げにくくて便利ですよ。
筒状の部分にアイロンをかける場合などは、「仕上げ馬(しあげうま)」や「袖万(そでまん)」などの道具があると便利です。バスタオルを丸めたり、新聞を丸めてタオルでくるんだものなどで代用しても大丈夫。腰の丸みなどをかけるときにはプレスボールが便利です。使っていると張ってある生地が汚れてくるので、新しい糊抜きした布に張り替えながら使います。
▲上:仕上げ馬、左下:万十(まんじゅう)。プレスボールともいう。右下:袖万
仕上げ馬の使い方
複雑な立体カーブを持つ木製ボードは、かけたいポイントだけにアイロンがかけられます。帽子や小ものの縫い代を割るときなどは、板の側面の部分を利用。細いところに入れられるもの、いろいろなカーブに対応できるものが便利です。
▲テイラーボード(アメリカ製)
アイロンを当てるとき、ウールなどの「てかり」が出てしまう素材は、当て布が必要です。洋裁では、綿の綾織り布、スレキの糊を落としたものが使われます。糊を抜くと、柔らかで立体的に縫い上げたものに載せても適度になじんで、当て布として最適です。スチームアイロンに対応したポリエステルのメッシュ素材の当て布も市販されています。なければ、手ぬぐいや使い古したハンカチのようなものでも十分です。
▲左から、毛足のある素材用のベルマット、メッシュ素材の当て布、綿の綾織り布のスレキ。
▲上から、メッシュ素材の当て布、スレキ、ベルマット。
接着芯を貼る際にはアイロンに接着芯の糊のある面がくっつかないように注意し、念のためフッ素樹脂加工した紙を当てて貼ると安心です。万が一はみ出てしまった接着芯がアイロン台にもつかないよう、敷いて使うこともあります。洋裁用のものもありますが、家庭ではお菓子をつくるときのクッキングシートを利用するとよいでしょう。クッキングシートはできれば30㎝の幅くらいある方が使い勝手がよいです。
▲上と左:グラシン紙のクッキングシート。右:洋裁用コーティング紙のツルン・ツルン。
後編では、アイロンのかけ方のお話をします。
安田由美子
針仕事研究家。文化服装学院で洋裁とデザインを学び、卒業後は同学院の教員として勤務。現在は洋服や刺繍作品のデザインとつくり方を手芸書に発表し、フランス手芸書の日本語版の監修も行っている。「つくりら」のコラム「素材と道具の物語」に執筆中。2017年11月に『はじめてでもきれいに刺せる 刺しゅうの基礎』(日本文芸社刊)を出版。10年続くブログ「もったいないかあさんのお針仕事 NEEDLEWORK LAB」では手芸書を中心に幅広く手芸の情報を発信している。http://mottainaimama.blog96.fc2.com/