更新日: 2020/01/31
独創的な刺繍作品を発表している倉富喜美代さんへのロングインタビュー。前編では、倉富さんがゴールドワークを手がけるようになったきっかけや、ゴールドワークの魅力をお伺いしました。後編では、著書『女王陛下が愛した、イギリスの伝統刺繡 ゴールドワークの小物たち』(日本文芸社)のお話や、倉富さんの現在の活動についてお届けします。
撮影:奥 陽子 取材・文: 酒井絢子
『女王陛下が愛した、イギリスの伝統刺繡 ゴールドワークの小物たち』は、倉富さんの初めての著書。しかし、イギリスをはじめとしたヨーロッパ各地から集めた数多くの素材の中を使い、自由に創作をしてきた倉富さんにとって、材料や工程数に制限があるハウツー本は決して簡単なものではなかったそう。
読者がつくれるようなレシピにするには、誰もが手に入れることができる素材を使わなくてはなりません。はじめは考えあぐねていたけれど、本づくりに向き合うなかで「制限された中でいかに自分を発揮できるかやってみよう!」と気持ちを切り替えて、作品づくりに邁進しました。
▲掲載する作品をつくり始めたのは、2019年3月頃。かなり多くのプロセスを経て、今年1月に出版された。
▲本に掲載されている小ぶりな作品。繊細で存在感のあるメタル糸がきらめき、布地や糸やビーズと見事に調和している。
▲ユニークな書体の数字のサンプラー。形式ばったものにならないよう、あえて一つずつ表情の違うものに。
著書には、テキスタイル風にデザインされた幾何学模様や小さな虫、木の実や野菜・・・と、ユニークなモチーフたちがアンティーク小物などとスタイリングされて掲載されています。ページをめくるたびに不思議な世界へ引き込まれるよう。
「刺繍のモチーフというと花や動物などが定番ですが、そうではなくてゴールドワークの素材が生かせるものを、と考えながらつくりました」
▲「柄に刺繍を施す」という提案をしたくて、編集者を説得して仕上げたキノコのエッグブローチ。
▲ふわっとしたターキー・ステッチときらめくゴールドワークの組み合わせが目をひく、カルトナージュ風に仕立てた小箱。
デザイン画を描くことはほとんどせず、いきなり布に刺しはじめる倉富さんの作品づくりは、刺している途中でアイデアがひらめいて方向転換するようなこともあるんだとか。だからこそ、読者にもアイデアを膨らましてもらえたら嬉しい、と話します。
▲静物画のサンプラーは、いたずらっぽく入れた右下のサインがこだわり。「なくてもいいけれど、あったらかわいい。そんなちょっとした遊び心を大事にしたいんです」
「キウイの断面をモチーフにしたブローチがありますが、それを図案のまま刺すのではなくて、イチゴが好きならイチゴの断面にしてもいいと思っているんです。それも半分じゃなくて斜めに切ってみよう、とか、ヘタだけを抽出してみよう、とか、柔軟にアイデアを膨らませてほしいです」
▲木の実や野菜をユニークに表現したブローチと、結婚、出産、マイホームをモチーフにしたオーナメント。
「ブローチに仕立ててはいるけれど、洋服だけじゃなくて好きなところにつけて楽しんでほしい」と倉富さん。
▲ロゼットに施された数字は、実は毛糸で遊ぶネコや、走るウサギ、キリンの横顔。「子どものお誕生日にママが飾ってあげたりするのもいいんじゃないかな」
表紙や裏表紙にもレイアウトされているロゼットは、裏にピンがついていません。「使う人のイメージで如何様にもなるのがいいなと思っているんです。リボンを短めにしてブローチとしてコートにつけるのもいいですし、インテリアとして壁に掛けてもいいんです」
自由な発想ででき上がった作品は、使う人にとっても自由なもの。作品を目にするとなんだかワクワクする気持ちになるのは、そんな倉富さんの思いが込められているからかもしれません。
伝統的な刺繍ということもあり、恭しく扱われることも多いゴールドワークですが、現代の暮らしの中に溶け込むように発展させていきたいと倉富さんは意気込みます。
「ゴールドワークは重厚なイメージがぬぐえないので、カラーのメタル糸を使ったり、デザインを軽い感じにしたり。こんな感じのものもゴールドワークなんだ!って思えてもらえたら嬉しいです」
▲女性の一生を表すようなデザインを、と編集者から依頼されてつくった作品。甘いイメージのものはめったにつくらないという倉富さんですが、「これまでの私の作品を知っている人がこの作品をどう見るか、聞いてみたいところです」
▲キャンディーの包み紙の無造作感をゴールドワークで。キラキラと光を帯びて繊細にきらめくのはメタル糸ならでは。
多忙を極めており手が回らなかった、一つひとつの個性が光る「パリジェンヌ」シリーズや遊び心あふれる「キノコ」の立体刺繍シリーズなどもライフワークとして充実させつつ、新しい分野にも挑戦したいそう。
刺繍は実物を見てもらうのが一番だからこそ、今後は個展を中心に活動していけたら…と倉富さんがは言います。
▲「パリジェンヌ」はそれぞれ名前や年齢、職業が設定されている。想像を巡らしながらつくるのは楽しそう。「もちろん!楽しまずに刺したなら、不思議とその顔は楽しくないようにできちゃうんです」と倉富さん。
▲ブローチにした作品も、つけないときはインテリアとして背景を刺繍した額の中に飾るという提案も。
「刺繍につながるもの、刺繍をより良く見せるものはどんどん取り入れていきたい」という倉富さんは、作品を飾るためのボックスや額縁をつくり、針と糸だけではない制作活動にもいそしんでいます。「製本を利用して刺繍サンプラーを絵本のように自分らしくつくってみたいです」
▲ゴールドワークを現代風にドレスダウンしたような、印象深い作品。本の中では最後に参考作品として紹介され、つくり方の解説はない。額縁は先生からお借りしているもの。
自身の刺繍を「針と糸で、ちょっといたずら描きをしているような感覚」と語る倉富さんの生み出すゴールドワーク作品は、軽やかにアーティスティックに、手仕事の楽しみを伝え続けます。
倉富喜美代
刺繍作家。2003年より英国王立刺繍学校(Royal of Needlework)にて伝統刺繍を学ぶ。帰国後、制作活動を続けながら、2008年よりカルチャーセンターや少人数制のレッスン、ワークショップなどで、指導活動を行う。ゴールドワークの伝統的技法をベースにした、遊び心たっぷりの作品を制作。個展・企画展でKIMIYO WORKSとして発信している。2020年1月に『女王陛下が愛した、イギリスの伝統刺繡 ゴールドワークの小物たち』(日本文芸社)を出版。
インスタグラム:@kimiyo_works