中野聖子さん(前編)|ホワイトワークの魅力は、白地に白糸を刺すというスタイル。色糸を使わず、あえて白糸で刺すという発想に射貫かれました。

中野聖子さん(前編)|ホワイトワークの魅力は、白地に白糸を刺すというスタイル。色糸を使わず、あえて白糸で刺すという発想に射貫かれました。

白い布に白い糸で刺繍を施していくホワイトワーク。『はじめての白糸刺繡 ホワイトワークでつむぐ くらしの小物』の著者、刺繍作家の中野聖子さんのアトリエを訪ねました。ホワイトワークの魅力や刺繍教室についてのロングインタビュー、前編・後編にわたってお届けします。

撮影:奥 陽子  取材・文:庄司靖子

刺繍作家・中野聖子さんのアトリエは、東京・吉祥寺駅から5分ほど歩いて路地を入ったところにあります。ここで中野さんは白糸刺繍、ホワイトワークを教えているのです。アトリエはコンクリートの壁に木製の窓枠がアクセントとなり、すっきりとシンプル。まるでホワイトワークの世界とリンクしているかのようです。


▲アトリエは打ち放しコンクリートと木の窓枠、刺繍枠のあしらいで洗練された空間。


▲中野聖子さん。このアトリエではひとクラス最大8人を教えている。教室には初級、中級、上級、創作のカリキュラムが用意されている。

 

ホワイトワークを見た瞬間、ズキュンとなった

中野さんがホワイトワークと出会ったのは12年ほど前、書店で見つけた1冊の本でした。「その本でホワイトワークを知ったのですが、見た瞬間、ズキュンとなったんです(笑)」

初めて見たホワイトワークの世界に魅せられ、すぐに「これをつくってみよう!」と思った中野さんは、それだけでなく、「教えられる人になろう!」と決心。さっそく教室を見つけて通い始めます。

訪れた教室は生徒さんが30人ほどいて、つきっきりで教えてもらえるというスタイルではありませんでした。そこで中野さんは家に帰ってから宿題にとりかかる前にもう1回おさらいし、どうしたらきれいにできるかを研究。図に描いてノートにまとめていきました。

「規模の大きいお教室だったからこそできたことだと思います。今もこのときの経験が生きています」


▲アトリエの壁には刺繍糸を太さ別にディスプレイ。


▲ホワイトワークでは基本的にアブローダーという、撚りが甘く、つやのある糸を使用している。

ひと目で中野さんの心を捉えてしまったホワイトワークの魅力とは、どんなところなのでしょう。
「一番の魅力は、白地に白糸を刺す、というスタイルです。色の糸でなく、あえて白糸で刺すという発想に射貫かれました。絵を描くような刺繍ではなく、布の織り糸を数えて、かがったり抜いていったりするので、絵心がなくても、糸を数えることさえできれば、誰でも必ずできます」


▲ドロンワークと盛り上がるサテンステッチを施したミニクッション。イニシャル刺繍は上級クラスの教材にもなっている。

ホワイトワークと出会い、「この技法を伝えられる人になろう」と決めて即教室に通い始めたその行動力に驚くばかりですが、お話を聞くうちに、中野さんのルーツのようなものが見えてきました。

 

「和紙ちぎり絵」を創った祖母、広めた父に影響を受ける

「祖母が『和紙ちぎり絵』の創始者なんです。戦時中、明かりが漏れないよう暗くした部屋で、手元だけでできる遊びはないかと考え、ふすまを破ってご飯粒で貼って絵を表現したのが始まりと聞いています。その後、和紙漉きの人間国宝、安部榮四郎先生の和紙と出会い、和紙で絵をつくることを考えていったそうです。祖母の家には和紙や色紙があふれていて、私はその家が大好きでした」

そして、お祖母様が身近な人に教えながら楽しんでいたちぎり絵を、もっとたくさんの人に広げたいと立ち上がったのが、お父様。

「父は多くの人がちぎり絵を楽しめる仕組みをつくろうと、教材をまとめたり講師制度を考えたりしました。また、和紙漉きが廃れてしまったら仕入れができなくなるので、自分たちで和紙をつくろうと思いつき、職人さんを育て、自分自身も和紙を染める研究をしていました」


▲壁に掛かったさまざまな形の刺繍枠はディスプレイとして飾られている。

なるほど、中野さんのものづくりのベース、そして人に伝えたいという熱意と行動力はそのような環境で育ったことが影響しているのだと、お話を伺って大いに納得してしまいました。

お父様がつくった組織のおかげでちぎり絵を楽しむ人が増え、その様子を身近に見てきた中野さん。ちぎり絵の講師の方々の、「ちぎり絵に出会えて幸せでした」という言葉がずっと心に残っているそうです。

「私にとって、ものづくりやものを教えるということはとても身近で、ここが原点なのかなという気がしています」


▲窓辺の棚には、生徒さんが必要なときいつでも手に入れられるよう、刺繍枠や針などの基本的な道具をそろえている。

 

ものづくりを教える「教室」を活動の中心に

中野さんは5年ほど通った教室をやめると同時に、当初からの目標であった自身の教室をスタートさせます。

「雑貨屋さんやレンタルスペースなどの場所を借り、何か所かに出向いて教えていたのですが、今年に入ってこの部屋を借り、教室を開きました」。今でも、もともと開催していた教室は続けていて、カルチャーセンターに招かれることもあるのだそう。

中野さんの活動の中心は教室。作品のオーダーを受けて販売することはしていません。「つくっているうちにその作品がほしくなってしまうんです。愛情を込めすぎて、売りたくなくなってしまう。どうしても割り切れなくて」というのがその理由。著書出版記念の作品展のために販売用の作品を制作しましたが、これは極めてまれなことなのだそう。


▲窓辺に飾ってあるのは上級コースで刺す課題。1枚の布の中にたくさんの技法が施されている。

 

たくさんの技法を惜しみなく教えた著書

著書『はじめての白糸刺繡 ホワイトワークでつむぐ くらしの小物』には、たくさんの技法が紹介され、ハウツーページもすべての工程が写真で解説されています。


▲ハウツーにページを割き、丁寧にホワイトワークの技法を紹介した一冊。

「私の作品の特徴といえるのかもしれませんが、ひとつの作品にいろいろな技法を取り入れているものが多いんです。例えば掛け時計には、シュバルム、ハーダンガー、フリーステッチと、3つの技法を入れています。使用したすべての技法を紹介しているので、盛りだくさんな内容になりました」


▲時計の文字盤には最初、数字だけを刺繍していたが、編集者の要望で白鳥や羽を入れることに。針は白だったものを作品の雰囲気に合わせて中野さんがグレーに塗り直した。

本をつくるにあたり、中野さんにとって新たな発見だったのは、“色”。

「編集の方が、サシェのリボンに黒とピンクの組み合わせを提案してくださったんです。他にもロゼットのリボンを黄色にしてはどうかと。私だったら白や生成りやベージュを選ぶので、その提案は驚きでした。どうなるだろうと思いながら実際その色でつくってみたら作品がとても映えて、すごい、さすがプロだと思いました。表紙も、黄色がアクセントになって効いていることがわかります。私にとっては新たな発見でした」


▲サシェの模様はシュバルムという技法を用いて表現。編集者提案のリボンの色は中野さんにとっては新鮮なセレクト。

「白糸刺繍って、色に負けるんです。他の作品と比べられると壁と同化してしまうくらいの存在感なので…。これまで色と合わせることがなかったのですが、今回、色使いがとても勉強になりましたし、本当にいい経験をさせていただきました」


▲著書でも紹介しているブラウスとカットソーとカーディガン。お気に入りの服に白糸で刺繍をすればさらに特別な1枚に。


▲ブラウスの襟にはスカラップをつけて可憐に。襟全体にフリーステッチを施し立体感を出している。


▲刺繍枠をフレームとして生かした壁飾り。動物が好きという中野さんらしさが光る印象的な作品。


▲壁掛けの図案、ウマ、ゾウ、シカのスケッチ。どこにどの技法を入れ、糸は何を使うか、細かく記載されている。


▲このファイル一冊に収められたのはすべて著書制作のための資料。教室に通っていたときから書いてまとめていくのが中野さん流。

後編では、刺繍教室や今後についてお話を伺っています。

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