中野聖子さん(後編)|ホワイトワークを人に伝え、いいと思っていただける作品をつくり続けること。それが生徒さんへの恩返しだと思っています。

中野聖子さん(後編)|ホワイトワークを人に伝え、いいと思っていただける作品をつくり続けること。それが生徒さんへの恩返しだと思っています。

ホワイトワークに魅せられた刺繍作家の中野聖子さん。前編ではその魅力や著書についてお話を伺いました。後編では教室を取材します。

撮影:奥 陽子  取材・文:庄司靖子

『はじめての白糸刺繍 ホワイトワークでつむぐ くらしの小物』の著者、刺繍作家の中野聖子さんの取材では、普段の教室風景も見せてもらえることに。取材当日、4人の生徒さんに会うことができました。

 

「笑う刺繍」というユニークな屋号の意味

中野さんの教室の名前は「笑う刺繍」。本来なら関係なさそうな「笑い」と「刺繍」がどのようにつながるのか、取材前からとても気になっていました。


▲「教室のある日はアトリエの玄関にこのプレートを掛けています」

その疑問は、教室が始まるとすぐにわかりました。集まった生徒さんも中野さんも、とにかく楽しそうで、手を動かしながら、お喋りしながら、ケラケラと本当によく笑うのです。取材しているスタッフもつられて笑ってしまうほど、楽しい時間が流れていきます。


▲今手掛けている作品をどんなものにアレンジしようか相談しながら刺繍するみなさん。手を動かしながらも笑いが絶えない。

 

習った技法が一目瞭然! 制作の軌跡となる1枚の布

「初めての方には布と糸を渡します。布に丸を描いて、輪郭を刺すことから始めてもらうんです。そのあと、糸を抜いて模様をつくる、という工程に進みます。最初は大体2時間半で3つのステッチを学んでもらいます」

2時間半で3種類ものステッチ! 習得できるものなのでしょうか?「もちろん個人差があるので、時間内に終わらない場合もありますが、そのときは次回にまわしてもいいですし、お家でできる方にはやってきてもらいます」

最初に渡される布にはレッスンが進むたびに新しい技法が刺繍されていきます。回を重ねるごとに布に刺繍が増え、いわば自作のサンプラーができあがっていくのです。同時にそれが制作の軌跡にもなっていきます。


▲生徒さんがこれまで練習してきた布。どの布も繊細な技法が施され、美しい。

「いきなり作品をつくろうと思って刺してもできないですから、1枚の布に刺して技法を学んでいくというやり方を実践しています。メインの制作はお家で時間のあるときに仕上げて、ここでは技術を学んで帰る、ということを基本にしています」

そのお話を受け、生徒さんに練習の布を見せてもらいました。これを見れば、どこまで技術を習得されたかがわかるのですが、その布自体がすでに立派な作品!

「初めて作品ができたときは感動でした」という生徒さんに、中野さんの教室を選んだ理由をお尋ねしました。「たまたまインターネットで先生の作品を見て、白糸刺繍という世界があることを知ったんです。似たような別のお教室も見たのですが、やっぱり中野先生の作品がいいなと思ったのと、楽しそうにされているのが伝わってきて、やってみようと思いました」

また、別の方は、「いろいろな技法を習得されていて、それを教えてもらえるというのがいいなと思って選びました」とのこと。ホームページやブログからも作品の美しさや中野さんの朗らかな人柄が伝わり、縁を結んだということなのでしょう。


▲生徒さん作。上級コースでつくるソーイングケース。刺繍枠も入れられて実用的な作品。


▲決められた刺繍の技法が施されていれば、制作する作品の内布や形は自由。生徒さんはそれぞれ使いやすいようにアレンジしている。

 

初級、中級、上級、創作と段階別に技法を習得

中野さんの教室は、初級、中級、上級、創作とコースが分かれており、各コース、習得する技法とアイテムが決まっていますが、アレンジは自由。自分のペースで進めることができるので無理なく続けることができます。


▲初級でつくる作品の一部。ピンクッションやコースター、ニードルブックなど。クリスマスツリーの刺繍はシーズンにつくることになっている。


▲中級作品の一部。ピンクッションやメジャーケース、巾着など。


▲上級では、さらに細かい技法を習得できる。ソーイングケースは初級の生徒さんの憧れ。写真手前はバテンレース。


▲バテンレースはテープ状のレースをいろいろな形につくって留め、隙間をホワイトワークの技法を使ってかがっていくというもの。

 

さまざまなレベルの生徒さんが刺激し合う教室

この日集まった生徒さんは在籍年数が2年から4年と、級もそれぞれ。級別にクラス分けはしないのでしょうか。

「ひとつのクラスに初級から上級までいろいろな段階にいる人が集まって刺繍をします。級で分けることはしていません。級が違うと『早くあの作品をつくりたい』とか、『あのときの技法をもう一度おさらいしたい』など、お互い刺激にもなって楽しいんですよ」と中野さん。

取材している間、「ここを教えてください」と生徒さんから声がかかります。中野さんはそばに移動して、アドバイス。教室の間、先生が座ることはないのだとか。


▲教室ではそれぞれの級の課題を刺しているので、質問もまちまち。質問されればすぐにそばに行ってアドバイスする中野さん。

「先生はずっと立っていて、質問した人のところに行って答えるんですが、いつも違う質問をいろんな人からされるのに、すぐに答えられるのはすごいですよね」と生徒さんも感心しきり。


▲「基本的な技術ももちろんですが、こうやったらもっとよくなる、というコツを教えていただけます。刺し方の癖を直すこともでき、きれいに仕上げることができるんです」と生徒さん。

4人の生徒さんはそれぞれ単独で教室に通い始めました。この教室で出会い、すっかり仲よくなったとのこと。「刺繍も楽しいですし、皆さんとのお喋りも楽しいです。刺繍した後のお仕立ても他の方のアレンジが参考になって、それを見るのも楽しいです」


▲ヒーダボーのボタンホールステッチという技法で布のふちにスカラップを施していく。


▲上級になると、ステッチの難易度も上がる。穴をあけてその中に模様をつくっていく、という工程が多くなる。

 

生徒さんに好きな技法をお尋ねすると、それぞれ違う答えが返ってきました。中には「技法よりも先生が好きで通っています」という意見もあり、ここでも教室中が笑いに包まれるひと幕も。


▲こちらはホワイトワークとは異なり、黒地にフリーステッチでキリンを刺した日傘。

 

その人が笑顔になること。それが私の喜び

中野さんにとって教える喜びとはどういうことなのでしょうか。

「ホワイトワークを人に伝えたいという思いはずっとありましたが、それとは別に、せっかく生まれてきたんだから、身内以外の人にも『ありがとう』と言ってもらえる人生を送りたい、という思いが昔から漠然とあって、それらがつながった感じです。人に何かを伝えてその人が笑顔になる、それが私の喜びです」

そして中野さんは、この世界で頑張れるのはいつも応援してくださる生徒さんのおかげだとも。「これからも、いいと思っていただける作品をつくっていくことが、生徒さんへの恩返しだと思っています」

今後の目標について尋ねると「目先の目標というのはあまりなくて、最終的に、生徒さんが自分の人生を振り返ったとき、『あのくらいの年のとき、刺繍を習ってたな。おもしろい先生がいて楽しかったな』と思い出してもらえたらとても嬉しいです」と語ってくれました。

中野聖子さんの著書『はじめての白糸刺繡 ホワイトワークでつむぐ くらしの小物』の出版を記念したフェア「ホワイトワークで彩るくらし」が、東京・代官山の蔦屋書店で7月10 日まで開催されています。

 

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