黒川直子さん(後編)|活動の基盤には、花があり、絽刺しがある。お互いはつながっていて、共鳴し合っているのです。

黒川直子さん(後編)|活動の基盤には、花があり、絽刺しがある。お互いはつながっていて、共鳴し合っているのです。

前編では絽刺しの魅力と著書『高貴な和の伝統刺繍 やさしい絽ざしのことはじめ』についてお聞きしました。後編では、現在の活動や、絽刺しの楽しみ方についてお話を伺います。

撮影:奥 陽子  取材・文:庄司靖子

黒川直子さんは、絽刺し作家であるお母さまの黒川朋子さんと“花と絽ざし”を共同主宰しています。絽刺しを日本文化のひとつとして普及させるため、作品制作のほか、ワークショップも開催。以前子ども向けに開催したワークショップでは、小学生の子たちが一生懸命、とても上手に刺していたというエピソードも。「絽刺しの技法は難しくないので、子どもたちはゲーム感覚で楽しんでいました」

 

「花」と「絽刺し」という両輪

フラワーデザイナーでもある黒川さんは現在、ホテルやレストランに花を生けるフラワーアレンジメントの仕事をしながら絽刺しの制作をしています。


▲黒川さんのホームページのタイトルでも使われている“花と絽ざし”の題字は黒川さんのお祖母さまである書道家・黒川江偉子さんの手書き。

「季節を感じたり色の組み合わせを見るのが大好きなので、よく街を歩いたり植物を見に行きます。その際、この色合いがきれいだなと思って絽刺しの作品に取り入れることもあります」

また、子ども教室ではお花と絽刺しの両方を教えた際に、絽刺しとお花を自分でアレンジして母の日にプレゼントしたという生徒さんがいて、お母さまにとても喜ばれたそうです。

「それを聞いたときは本当に嬉しく思いました。何かを贈るとき、ひと手間加えることで、より心がこもりますよね。お花も教えてよかったな、と思いました」

 

インスピレーションの湧いてくるところ

絵を描くのが好きな黒川さんは、絽刺し作品の図案も自分で描いています。その絵や柄のインスピレーションはどのようなところから湧いてくるのでしょうか。

「色や模様が好きで、それらに関する本もたくさん持っているのでいつも見ています。またそのときの気持ちが作品に表れることも多いですね。悲しいときは色も地味になるとか・・・。また、メインで手掛けている仕事が花なので、扱う花からヒントをもらうこともあります」

例えば黒い花器にピンクの花を生けたとき、そこからインスピレーションを得て、ピンクと黒の配色でブローチをつくったりすることもあるそうです。


▲「好きなモチーフはいろいろあります。蝶もそのひとつ。以前は仏像が好きで、仏像の絽刺しばかりつくっていた時期もありました」


▲絽刺しの数珠入れ。「父が亡くなったとき、悲しみのなかでつくったものです。色合いも自然と寂しいものになりました」

お部屋に飾られた花と絽刺し作品を見て感じるのは、黒川さんの制作活動の基盤には花があって、絽刺しがあるということ。お互いはつながっていて、共鳴し合っているのではないでしょうか。

「確かにそうかもしれません。花からインスパイアされて絽刺しができ上がることはたくさんあります。逆に、絽刺しからひらめいてお花を生けることも。お花も絽刺しも、生活の一部だと改めて感じますね」


▲取材に伺ったのは、ちょうど端午の節句のころ。兜がデザインされた絽刺しと祖父母が大切にしていたアンティークの桃太郎人形が菖蒲とともに。

 

日本文化に触れて育って、今がある

黒川さんは小さいころからものづくりに親しむ環境で育ちました。

「祖父が着物を扱う仕事をしていたため、破布などでお人形を作ったり、染め物をしたりしていました。手芸はもちろん、絵を描くことも大好きで、高校生のころは日本画も学んでいました。生け花と書道は祖母に習い、絽刺しは母から教わりました」


▲黒川さんが中学生から高校生のころに描いた絵。当時は故事やことわざからもヒントを得て、どんどん絵で表現していた。


▲小さいころにお祖父さまと一緒につくったという人形。「これは父が気に入ってずっと本棚に飾っていたものです」

 

詩や小説も創作活動の糧となった

手芸だけでなく、日本のさまざまな文化に触れてきた黒川さんは「何かを表現することは楽しい」という思いが根本にあると言います。そしてものづくりだけでなく、詩や小説にたくさん触れてきたことも創作活動のベースになっています。

高校生のときにアメリカに留学した経験も、日本の伝統を大切に思うきっかけとなりました。「日本にはこんなにきれいなものや素晴らしい伝統がある。それらを大切にしなくてはならない、と思いました」


▲模様や色を見るのが大好きという黒川さんは専門書もたくさん持っている。


▲図案を描くために使っている絵の具。岩絵の具、水彩絵の具、アクリル絵の具とさまざま。

「詩が好きだった父がよく詩の展覧会に連れて行ってくれたので、今でも誌や小説が好きなんです。そこからヒントを得て絵にすることもあります」と黒川さん。


▲小説『蜘蛛の糸』を題材にした絽刺し。極楽の蓮の花と地獄に垂らした蜘蛛の糸が象徴的な、対の作品。

 

どこでも制作できるよう、持ち歩く

黒川さんは制作途中の絽刺しを持ち歩いて、空き時間に手を動かすことがよくあるそう。「小さい枠はバッグに入れて持ち歩けるので、外出先の待ち時間などに刺すこともできます。刺し始めると夢中になって、つい時間を忘れてしまうんです」

そんなふうに持ち歩いて、空いた時間に刺せるのも絽刺しの魅力のひとつ。


▲刺しかけの絽刺しはポーチに入れて持ち歩くことができる。赤いポーチは蝶の絽刺しを黒川さんがつくり、仕立ててもらったもの。


▲小さな枠をタイシルクのポーチに入れて携帯。「どこにでも持って行けるのがいいですね。いつも一緒、って感じです」と笑う黒川さん。

 

着物や帯にも映える絽刺し

絽刺しは額装して飾ったり、バッグやがま口など、実用的な雑貨に仕立てたりして楽しむことができますが、もうひとつ、アップリケのように活用できるのも魅力的なところ。

著書では椿の絽刺しをアップリケしたストールが紹介されています。取材時には着物と帯を見せてもらいました。


▲蝶や貝の絽刺しを縫いつけた帯。「絽刺しの帯をつけていると、きれいですね、と声をかけられるんですよ」

好きな図案の絽刺しを無地の帯につけるだけでなく、着物の柄から絵を起こし、絽刺ししたものを帯に施すという粋なデザインも見せてもらいました。


▲着物の柄にあった蝶を図案に起こし、絽刺しにして帯につけたもの。着物とおそろいで身につけることができ、お気に入りの一枚に。

「無地の着物でも絽刺しをつけると見違えるように生まれ変わります。糸に光沢があって立体感もあるので、着たときとてもきれいです。また、昔の着物のシミがついたところに絽刺しを縫いつければ長く着ることができてリサイクルにもつながりますよね」

オーダーメイドの一点もののバッグを依頼され制作する一方で、古い着物をよみがえらせるなど、絽刺しには無限の可能性があるということを黒川さんの活動から感じることができます。

「今後はフランスのオートクチュール刺繍のようなアクセサリーにも挑戦したい」と黒川さん。つけ襟やショールなど、身につけられるものも作品にしていきたいとのこと。そして、好きな小説や詩などをイメージした作品も引き続きつくっていきたい、と意欲を語ってくれました。


▲マカロンからヒントを得て刺した絽刺しの名刺入れ。「食べ物からインスピレーションを得ることもあります」

 

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