池田みのりさん(前編)|刺繍の世界に新風を吹き込む、洗練された連続模様のカウントステッチ

池田みのりさん(前編)|刺繍の世界に新風を吹き込む、洗練された連続模様のカウントステッチ

2018年夏に『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』を上梓した池田みのりさん。刺繍を始めたきっかけや刺繍に対する思い、連続模様を描く魅力について、自宅兼アトリエにお邪魔してお話を伺いました。前編・後編の2回にわたってお届けします。

撮影:奥 陽子 取材・文:酒井絢子

刺繍制作は自然光がたっぷり入る部屋で

『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』の著者、池田みのりさんのアトリエには、明るい光が射し込みます。窓の向こうは街並みの奥に尾根が見え、天気の良い日は富士山も望めるという穏やかで開放的な景色。こちらには引っ越してきて間もないそう。

「以前の部屋よりも日当たりがよく、布や糸の色がわかりやすくなりました。自然光の少ない部屋だと微妙な色の違いを見間違えてしまうこともあったので」と池田さん。

デスク周りにはドライフラワーやグリーンをあしらい、あたたかみの感じられるインテリアです。


▲モチーフのヒントになるようなものを、デスク前の壁面にテープで貼ってディスプレイ。ドライフラワーは趣味の山歩きの最中に拾ったもの。右上にちょこんといるのはフリーステッチングでつくったというネコ。

「草花は好きなんですが、水分やカビで刺繍糸に影響が出るのが気になるので、乾いたものしか置かないんです。あと、花器をうっかり倒して布に染みたりしてしまったらと思うと(笑)。本当は生の植物を置きたいんですけどね」

 

刺繍メーカーでの企画開発も手がける日々 

著書本を出版したり、展示をしたりといった刺繍作家の顔を持つ池田さんですが、実はフリーランスで刺繍メーカーの企画開発も担っているそう。刺繍キットのデザインや作品制作、それに付随する撮影のスタイリングやレシピの校正、販促物のグラフィックデザインなど、仕事内容も多岐に渡り活躍中です。「私にとって刺繍メーカーでの仕事は好きなことがたくさん集まっている」と話す笑顔から、充実した日々が伺えます。


▲デスクの傍らでなんだかいい味を出しているのは、刺繍されたレシート。細かい作業で疲れたとき、手元にある紙に刺繍すると気分転換になるんだとか。

刺繍メーカーでの仕事は続けて10年ほど。池田さんは、その経験ならではの広い視点で刺繍と向き合っているようです。「以前は年配の方に向けた華やかな花柄や目を引くような色使いの刺繍キットが多かったんですが、ここ2〜3年は刺繍の傾向が変わってきたように感じます。若い世代がかわいいと思うようなシンプルな図案や、1色ステッチのものも売れてきていますね。かつてはむしろ1色ステッチなんてタブーだったくらいなんですが・・・」


▲デスクは同じものを二つつなげて広々と。刺繍をする隣のデスクではパソコン作業。パソコンは使わないときは引き出しに収納している。

企画したものが商品になって誰かの作品になるということにいつも感動するそう。「もともとただの糸だったものが、刺繍をすることで驚くほど力強いものになったり、息を飲むほど美しいものになったり。糸という材料が誰かの元に運ばれて、1つひとつ固有の物語を持った何かに変わるのですから、本当にすごいことだなと思います」

 

刺繍は世界中どこの民族もやっている

幼い頃の池田さんは、手づくりのタペストリーが飾ってあったり裁縫道具がテーブルに広がっていたりするような、手芸が身近にある環境で育ちました。お母さまが暮らしの中でゆるやかに手芸を楽しんでいたそう。池田さんもフェルトでマスコット人形をつくったり、お人形のお洋服をつくってみたり。


▲愛用の糸はコスモの25番刺繍糸。全色を取り揃え、グラデーションになるような順に並べて収納。


▲手刺繍用のにしきいと(ラメ糸)は別の引き出しに。その下は白糸刺繍用の糸や、刺し子に使うダルマ家庭糸などが収められている。

ものづくりはずっと身近にあったといいますが、中でも刺繍を極めようと思い始めたのは20歳くらいの頃。「ニットとかもいいかなといろいろ悩んだのですが、刺繍が一番飽きないかもと思ったんです。刺繍は世界中どこの民族もやっていて、それぞれに技法や表現があって、多彩なんですよね。自分がすごく長い時間をかけて取り組むんだったら、刺繍ぐらい多様な表現があるものの方がいいんじゃないかな、と思って」


▲サッと持ち出せるよう、よく使う道具たちは曲げわっぱの中にまとめて(写真左)。奥にあるシェーカーボックスのピンクッションは、続けてたくさん刺繍をするときに。

刺繍メーカーに携わっていることもあり、各方面で活躍する刺繍作家のこともよくご存知の池田さん。だからこそ自分自身は、作家のように世界観を表現するよりも、刺繍業界をもっと活気づけていくという方に自分の役割があると考えていると言います。

「初心者の方や、やりたくてもなかなか始められないという人に向けて、私に何かできることがあるんじゃないかなと。もっとたくさんの方々に刺繍や手仕事の楽しさを伝えていきたいと思っているんです」


▲本ではくるみボタンに仕立て上げられていたドットの図案を刺す様子。刺繍枠はしてもしなくても、好みでOKとのこと。ちなみに池田さんがふだんよく使うのは、8㎝サイズ。刺すときは左の親指を使うことも多いので届かないと使いにくいそう。

 

クロス・ステッチ用の布に新しい楽しみ方を

刺繍の道に絞ると決めてから、時間を惜しまず、あらゆる種類の刺繍の勉強を続けています。「特殊なものを除けば刺繍の技法は一通り習いました。フランス刺繍をはじめ、白糸刺繍とかジャンルが違う刺繍も。今は刺し子を習っています」

なかでもカウントステッチに重きを置き始めたのは、やはり刺繍メーカーでのお仕事がきっかけです。


▲左からクロス・ステッチ用、フランス刺繍用、刺し子用と、ピンクッションを分けている。旅先の古道具屋で見つけたカップや、曲げわっぱのお猪口をリメイクした愛用品。

「実は、以前はクロス・ステッチ用の布があまり好きではなかったんです。でも刺繍メーカーの仕事でこの布と向き合わざるを得なくなったとき、ここまで世の中に浸透していて、初心者からプロまで使いやすい手芸のスタンダードみたいな布は他にない、と気づいて。この布でもうちょっと別の楽しみ方を考えたい!と思うようになりました」

広い視野で刺繍と向き合う池田さんは、ものづくりとそれを形づくる糸や布に、たくさんの思いを抱いているようです。

後編では、カウントステッチや連続模様の魅力とその楽しみ方について、お伝えしていきます。

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