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パリスタイルで愉しむ 花生活12か月 第15話 森の草花

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フラワーデザイナー&フォトエッセイスト斎藤由美さんの連載、「パリスタイルで愉しむ 花生活12か月」。第15話は、森の草花のお話です。

撮影:斎藤由美、Masako Takano(森のツアー) 文: 斎藤由美

「フランスではどのように日曜を過ごしているのですか?」

以前、日本企業のヨーロッパ支社長に就任した方に尋ねられました。2017年よりパリのデパートが日曜営業するようになりましたが、それ以前はほとんどの商店、スーパーマーケットさえも休業日だったのです。

「マルシェで買った食材でいつもより手をかけた料理をし、家族とゆっくり食事を楽しんでから、公園や森に散歩に行くようですよ」と答えると、怪訝そうな、納得いかない顔。森で散歩して何になるのか?といわんばかりでした。

 

自然の中を歩く心地よさ

私も信州に住んでいましたが、恵まれた自然の中を散歩することなど、ほとんどなかったように思います。ですから最初は公園に散歩に行く意味がよくわからなかったのですが、フランス人に誘われ、緑に包まれて過ごすうちに、その心地よい時間にすっかり魅了されてしまいました。気持ちが安らぎ、新鮮な力がみなぎって、まるで細胞が入れ替わったような清々しさ。これを感じるだけで充分。散歩に意味を求めたり、さらには生産性を求めたりなど、それこそ無駄に思えてくるほどです。

パリジャンの理想は「平日は便利で刺激的なパリ、週末は庭のある郊外の家に住む」と聞いたことがあります。コロナウィルス対策で外出規制が発表された後、すぐさまパリを離れ、実家や別荘などで過ごした人が多くいました。

テレワークが進み、今後は地方に住むことを考えている人も増えているそうです。駅には「パリから2時間の場所に家が持てます」とガーデニングをする女性のポスターがずらりと貼ってあります。ヴァカンスは観光地より山や海、湖に出かける人が多く、フランス人にとって自然の中で寛ぐ時間は欠かせないようです。

 

枝と葉ものの「森のブーケ」

パリで何度もレッスンに参加されている方に、花を使わないグリーンブーケを提案したことがあります。枝と葉ものの流れを生かした「森のブーケ」。あまりにも大きかったのと、滞在先が至近だったので、ラッピングせず、そのままかついで帰られました。すると道ですれ違った上品な紳士に「そのブーケはどこで買えるのですか?」と呼びとめられたのだそう。「ローズバッドフローリスト」だと答えたら、紳士はその足で来店。花よりグリーンが多い日もあるローズバッドフローリストには、枝だけ買いに来る常連客もいます。

 

森の草花でブーケを束ねる

知人が管理に関わっているおかげで、市有地の森の植物を採取する機会に恵まれています。

夏季休業中はレッスンも休んでいますが、常連組や「ローズバッドフローリスト」の研修生には森で自ら花材を切り出し、ブーケを束ねる特別レッスンを行っています。私たちがイメージする花らしい花はありませんが、森に咲く草花だけで、こんなに生き生きとしたブーケがつくれるのです。

パリでの研修を終えて日本に帰り、花屋を開業したMさんは、この魅力をぜひ生徒さんたちにも味わってほしい、とツアーを組んで森にやってきました。

参加者はおもに東京在住なので、このように大自然の中で自由に草花を摘む機会はなく、採取の段階から笑顔が弾けています。

摘んだ順に重ねているだけで、すでに美しい花束に。同じ季節、同じ場所に咲いている草花が醸し出すハーモニーのなせる技かもしれません。

全員、違ったブーケになるのですが、どれもが素敵。みなさんのブーケを馬車に乗せて撮影すると、まるで一つの大きな装飾のようになりました。

 

草花は流れを見て、その形を生かす

「花のある暮らしをしたいけれど、どうやって飾ったらいいのかわからない」という声をよく聞きます。とくにこのような野趣あふれる草花の場合は、上手にまとめようと思わず、それぞれの流れを見て、その形を生かすように花瓶に挿したらいいと思います。形を丸くする必要もなく、片側に飛び出していても構いません。ただ一つ、ほかの花と重なってつぶれないよう、角度に気を配ること。実際やっていくうちにコツがつかめ、自分の好きな感じがわかってきますから、まずはあまり難しく考えず、親しむことが大事です。

紅葉したツタとブラックベリー、ミントを摘んでグラスに。先端の曲線が美しい葉ものは長めに、重いベリーは短く入れると安定します。茎がくるくる回ってしまい、思うところに入れられないかもしれませんが、形をつくろうとせず、草花が行きたいところに行かせてあげましょう。

長いアイビーとクレマチスシードは同じ方向に入れるとまとまりがよくなります。下方に流れるラインが見えるよう、高いところに置くといいですね。

花を仕事にしたい、とディプロマコースを受講している方々には、都会に住んでいても、街路樹の重なりから透け感を感じ取るように、とアドバイスしています。自然が見せてくれるグラデーションは感動的。無作為な曲線の面白さは見ていて飽きません。心が震える風景をインプットしていくうちに、表現力が豊かになるような気がします。

8月になるとパリの街路樹、マロニエの葉が早くも枯れ始め、強い陽射しのなかにもひんやりとした空気が流れます。ハレーションを起こしそうな真っ白い光が、金色のベールをうっすらとかけたような色に変わります。

短い夏の終わり。週末、森へ行くたびに葉の色がどんどん色づいていきます。カサカサと風に舞う落ち葉を踏みしめながら、季節が進んでいくのを目の当たりにすると、もう戻らない日々を大切にしなくては、と改めて思うのです。

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