インテリア, フラワーアレンジメント, フランス, ブーケ, 季節のイベント, 暮らし, 植物, 花
インテリア, フラワーアレンジメント, フランス, ブーケ, 季節のイベント, 暮らし, 植物, 花
更新日: 2020/05/06
フラワーデザイナー&フォトエッセイスト斎藤由美さんの連載、「パリスタイルで愉しむ 花生活12か月」。第7話はピヴォワンヌ(シャクヤク、ボタン)のお話です。
撮影・文:斎藤由美
ピヴォワンヌ(シャクヤク、ボタン)の存在を意識したのは、花仕事を始める前、娘が生まれたときでした。近所に住む親戚の庭から手折られ、お祝いに届けられた花は赤子の顔の数倍も大きく、しばらくすると部屋中を馥郁とした香りで満たしました。それまでは「ふすまに描かれている花?」程度に思っていた、たった1本の花の存在感に圧倒されました。
初めての育児は、夜中、ちょっとした物音にも目を覚ましていました。寒くないだろうか、暑くないだろうか、布団が顔にかかって苦しくないだろうか、このふにゃふにゃした頼りない生きものをきちんと育てられるのだろうか・・・。東向きの障子がうっすら明るみを帯びるころ、郭公(かっこう)が鳴き始めます。薄紅色の花越しに小さな寝顔を見ていた5月の夜明け。30年経った今でもピヴォワンヌの香りがすると、郭公の声とともに鮮やかによみがえります。
今思うと、親戚から贈られた花はシャクヤクではなくボタンでした。同じボタン科ボタン属で、欧米では「ピヴォワンヌ」や「ピオニー」のように区別なく呼ばれる2つの花。その違いは、ボタンは「樹木」で横広がりに花をつけ、シャクヤクは「草」で地面からまっすぐ伸びた茎に花をつけます。
あの有名な「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花」という美人を形容するフレーズはここから生まれたのだそう。ボタンの葉が横広がりで平面的なのに対し、シャクヤクの葉は笹舟のように丸まってツヤがあるので、葉を見ると見分けがつきやすいでしょう。またボタンのつぼみはバラのように尖り、芍薬はつるんと丸いのも特徴です。
その後、フラワーアレンジメント教室を主宰していたとき、洋雑誌で見てどうしても使ってみたい花がピヴォワンヌでした。淡いピンクの花びらが何枚も重なった姿は、スイートな砂糖菓子のようでもあり、エレガントなサテンドレスのようでもありました。この高貴な花を使ったアレンジメントはきっと素敵になるに違いない、と地元で一番センスのいいお花屋さんにお願いしたものの、25年前、地方の小さな街では切り花として手にすることが叶いませんでした。
ところがパリに住んで以来、ピヴォワンヌに囲まれる5月を送っています。とくに母の日はピヴォワンヌ一択というくらい。日本で母の日といえばカーネーションが主流ですが、フランスではお悔やみの花に使われることが多いので、旬の花であるピヴォワンヌが母の日の主役なのです。
使う花だけでなく、日本とフランスでは「母の日」も異なっています。日本は5月第2日曜日。フランスは第4日曜日が基本ですが、宗教行事と重なると翌週に持ち越されるので、年によっては母の日が6月ということもあります。
母の日当日の朝は焼きたてのバゲットを手にしたパパと子どもたちがママンに渡すブーケを買いにやってきます。フローリストにとってヴァレンタインデーと並ぶ、あるいはそれ以上のニーズがある大事な日。ですが徹夜して準備するという話は、パリの花業界に20年いても聞いたことがありません。
「ローズバッド・フローリスト」では、もともと「売らんかな」という姿勢ではないので、オーナーが美しいと思う花(主に大輪のピヴォワンヌ)だけを仕入れ、それらが売り切れたら閉店時間前でも営業終了。もっとたくさん仕入れればまだまだ売れるのに、と思ってしまいますが、自分たちが苦しい思いまでしてブーケを束ねてもしょうがない、という哲学のようです。
「常連さんはローズバッドのスタイルをちゃんとわかっていて、ほしい人は前もって注文をいれてくれるから、それで充分」と涼しい顔のフランス人を半ばあきれ、半ば尊敬のまなざしで見ています。
確かに鼻唄を歌いながら、楽しそうに花を束ねる彼らを見ていると、真面目にしかめ面をしてつくればいいブーケができる、というわけではないことを実感します。自分が本当に美しいと思う花だけを使ったブーケやコンポジション(アレンジメント)は、まるで踊っているように生き生きとしています。
そんなフランス人と働く中で、私がつくる花も「形」にとらわれず、自然から採取してきたような趣きで、花だけでなく葉や枝もたっぷり使うシャンペトル(野山のような)というスタイルに大きく変わりました。
このコンポジションは、フランスの庭木に使われているミズキとスモークツリーで覆った器に、ピヴォワンヌとローズ・ド・ジャルダンと呼ばれる自由な形をしたバラの枝を加えて、器に使ったグリーンとともに束ねたブーケを入れています。
ランジス花市場に行くと、生産者さんのコーナーに数えきれないほどのピヴォワンヌが横積みされています。台車に隙間なく積まれた光景は圧巻です。
白、パールピンク、サーモンピンク、フューシャピンク、ボルドー・・・ずらりと並んだ様子はまるでピヴォワンヌの海のよう。ダイブして絹のような滑らかな花びらに包まれたいと思わず目を細めてしまいます。
フランスのフローリストはほとんど気にしませんが、ピヴォワンヌには「サラベルナール(斑入りピンク)」「レッドチャーム(ボルドー色)」など美しい名前がつけられています。ほかにも「天女の舞」「花筏(はないかだ)」「茜雲」など、雅な品種名が多いので、色だけでなく名前からお気に入りを見つけるのも愉しいですね。和芍薬とよばれる一重も、バラ咲きと呼ばれる八重の洋芍薬も甲乙つけがたい魅力です。
ピヴォワンヌを買うときに、気をつけたいことがあります。それは、固いつぼみを選ばないこと。つい長持ちしそうで手に取りがちですが、あまりに小さく締まったものは、咲かずに枯れてしまうことが多いのです。花がなかなか開かないときは、べとべとした蜜がついているかもしれません。そっと拭き取るか、洗い流すとよいでしょう。つぼみを柔らかく揉んだり、花びらを少々めくって開きやすくしたりすることもあります。
ゆっくり花を咲かせたいときは、茎を水平に、輪切りのようにカットし、葉は多めに残し、少なめの水につけ、涼しい場所に置きます。反対に、早く咲かせたいときは、茎を斜めにカットし、葉は上部に数枚だけ残して取り除き、たっぷりの水につけ、温かい場所に置きます。
フランスでは、誕生日や結婚記念日、またはディナーに招かれたときなど、贈ったときにもっとも美しい状態の花を使うことが多いので、ピヴォワンヌも開きかけから満開のものをブーケに使います。木琴のバチみたいなつぼみばかりでは、華やかさを演出し、喜びや感動までプレゼントすることが難しいのです。
ピヴォワンヌは、赤ちゃんのほっぺみたいにふっくらしたつぼみから、花びらが徐々にほころんでいくところ、いかにも咲き誇るという形容がふさわしい満開時はもちろん、潔く花びらを散らす姿にも風情があります。と書いている隣で、まさに今、バサッと音を立てて純白の花びらがテーブルにこぼれました。いったい何十枚あるのでしょう。ひんやりとした香しい花びらに触れると、とても捨てる気にならず、一番気に入っているガラス器にふんわりと盛って、また別の美しさを堪能します。
ピヴォワンヌのお話は、さらに第8話へと続きます。
斎藤由美
パリ在住フラワーデザイナー/フォトエッセイスト。信州で花教室主宰後、2000年パリへ花留学。著名なフラワーアーティストの元で修行。コンペに勝ち抜きホテル・リッツの花装飾を担当。現在は驚異のリピート率を誇るパリスタイルの花レッスンと執筆が主な活動。花市場と花店視察など研修ツアーも手がける。著書に『シャンペトルのすべて』『コンポジション』『二度目のパリ』などがある。
インスタグラム: @yumisaitoparis
ブログ「パリで花仕事」:https://ameblo.jp/yumisaitoparis/