安田由美子さん(後編)|洋裁をはじめ、さまざまなハンドクラフトのコツも取り入れた『刺しゅうの基礎』は、“美しく、合理的に”刺せるアイデアとテクニックが盛りだくさん。

安田由美子さん(後編)|洋裁をはじめ、さまざまなハンドクラフトのコツも取り入れた『刺しゅうの基礎』は、“美しく、合理的に”刺せるアイデアとテクニックが盛りだくさん。

前編では安田由美子さんが手芸に関わるようになったいきさつや愛用の手芸道具についてご紹介しました。後編では、初の著書『はじめてでもきれいに刺せる 刺しゅうの基礎』について、お話を伺います。

撮影:奥 陽子  取材・文:庄司靖子  協力:little Stitch

現在、安田さんはフランスの手芸書の日本語版を監修する仕事もしています。

 

海外の手芸書は理にかなっていた?

たくさんの洋書と向き合うなかで、とくに影響を受けたのがフランスのクロスステッチの専門誌『DE FIL EN AIGUILLE』です。

「クロスステッチは簡単で、子どもでもできる刺しゅうくらいに思っていましたが、この本に載っているリネンに渋い赤の図案を見て、こういう図案もあるんだなと知り、以来クロスステッチの見方が変わりました。その後、ヴェロニク・アンジャンジェさんのデザインを知ってすっかり魅了されてしまいました」


▲前編でも紹介した、フランスの雑誌『DE FIL EN AIGUILLE』。

「フランスの本は説明やつくり方は意外とおおざっぱ。監修では、主にクロスステッチのチャートの間違い、サイズや材料の間違いを見つけて修正しますが、頼りになるのは作品の写真だけだったりするので、そこが難しいところです」

数多くのつくり方をチェックするなかで、理屈に合ったやり方はどちらかといえば海外の方が多いことに気づいたと言います。

「海外の手芸書を見ていると、日本の手芸書と名称や進む方向などが違ったりします。なぜだろう?と思っていましたが、古い日本の手芸書に書かれたものがそのまま使われているからかもしれません。アウトライン・ステッチとステム・ステッチの違い、ノット、ウェブなどの名称、チェーン・ステッチの進む方向などがその例です。海外と日本のやり方を比べてみると、海外のやり方のほうが理にかなっていることが多い気がするのです」

 

今までにない刺繍の基礎本を

一般に浸透しているやり方を変えることは難しくても、より合理的なやり方を教えてくれるような本があればいいのになあ、と思っていた矢先、刺繍の基礎本をつくる話が舞い込みました。

「日本ですでに出ている手芸書と同じものなら私でなくてもいいと思いました。でも、合理的な方法や、刺繍するなら知っておきたいことなどを掲載できるなら、という思いで引き受けました」

引き受けてから2か月間、基礎知識からステッチの方法まで図解つきで手書きの原稿を作成。


▲基礎本を出版することが決まり、2か月かけて書いた原稿はかなりの量に。

「お伝えしたいことがたくさんあってとにかく書いていきました。採用されたもの、削除されたもの、いろいろあります」

「2か月間休むことなく書き続けたので、ペンだこができてしまいました」と苦笑。取材時に見せていただいた手書きの原稿は、そのまま本にしてもよいのではないかと思うほど丁寧で緻密です。

精魂込めて書き上げた原稿も、それはゴールではなくて、スタートライン。一冊の本にまとめていくためには、膨大な仕事が待ち受けていました。まずはサンプル作品の制作です。

期日までにたくさんの作品を仕上げなければならなった安田さんを支えてくれたのが、東京・国立のクロスステッチ専門店「little Stitch」(リトルスティッチ)さん。安田さんが月に一度、刺繍教室を開いているお店です。


▲「little Stitch」のオーナー、梅村さんと生地の相談。

「これほどよいステッチの生地を取り揃えているお店はなかなかないと思います。オーナーの梅村さんはお客さんの要望を丁寧に聞いてくれて、相談にのってくれるんですよ。本の掲載にあたり、クロスステッチ生地の白とナチュラル、25番刺繍糸、5番、8番刺繍糸をご提供いただきました」

実際の制作では、布地を簡単に張ることのできる卓上の刺繍枠が素晴らしい助っ人に。『刺しゅうの基礎』に掲載した作品はすべて、この枠を利用して刺したそう。

「枠に布を置き、付属のゴムを溝に合わせてローラーで押し込むとピンと張ることができます。角枠にテープや糸、鋲などで張るより簡単で、これは画期的な道具だと思います。なるべく布にシワをつけたくなかったのでとても助かりました」

作品制作を終えると、次なる難関は、山のような校正作業です。

「本づくりではステッチした実物から図案を起こしてもらったので、点が丸になってしまったり、形が微妙に違ったりと、修正箇所がたくさんありました。そこは妥協せず、細かいところまでできるだけ修正してもらいました」

「文化服装学院の教員だった頃、縫い物の工程を図解してプリントにしたり、デザインしてパターンを起こし縫製するという一連の作業をしたりしたことが、本をつくるのに役立ったと思いました。人生寄り道したかなと思うこともありますが、実は無駄なことなんてないんですね」

 

既成の概念に一石を投じられたら

その後、担当編集者との綿密なやり取りの甲斐あって、ほかにはないような、本当に知りたかったことがぎゅっと詰まった本ができ上がりました。豊富なステッチ見本はもちろん、糸の撚り、糸の通し方、道具のことなど、知識と経験が豊富な安田さんならではの情報がたくさん盛り込まれています。

「表紙に『自由刺しゅうのステッチ17種』とありますが、基本のステッチにはそれぞれにバリエーションがあるので、名前がついているものだけでも40を超えるステッチが載っているんです」

こちらは、コーチングというステッチのサンプラー。本ではとじ糸をうまく刺すコツが丁寧に図解されています。

図案ではシンプルに見えても、実際に刺すとボリュームのあるバリオン・ノットは、立体的でかわいらしいステッチ。

人気の高いネコモチーフは、白い布地に黒い糸のクロスステッチで表現。

こちらは黒地に白糸のおしゃれなサンプラー。「黒地に刺繍するのは針の先が見えづらくてなかなか大変です。最初、本の表紙は黒地という案もありましたが、最終的に赤地になり、ホッとしました」

「洋裁やレザークラフト、編み物などの知識を生かしたアイデアも載せられたのがよかったです。私のブログでも“メジャーなやり方でなくてもいいので、便利なアイデアをぜひ本に載せてほしい”というご意見をいただいていたので、実現できてうれしいです。刺繍のやり方の既存概念に対して、小石かもしれないけれど、一石が投じられたらいいなと思います」

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