安田由美子さん(前編)|「もったいないかあさんのお針仕事」の人気ブロガーが、ついに『刺しゅうの基礎』を出版。作品の完成度を高める、よりよい手芸道具とは? 

安田由美子さん(前編)|「もったいないかあさんのお針仕事」の人気ブロガーが、ついに『刺しゅうの基礎』を出版。作品の完成度を高める、よりよい手芸道具とは? 

つくりらのコラム「素材と道具の物語」でおなじみの針仕事研究家、安田由美子さん。11月に『はじめてでもきれいに刺せる 刺しゅうの基礎』を出版しました。洋裁を勉強し、現在は針仕事に関わる仕事をしている安田さんに、刺繍の魅力や愛用している手芸道具についてお話を伺いました。前編、後編の2回に分けてお届けします。

撮影:奥 陽子  取材・文:庄司靖子  協力:little Stitch

安田由美子さんが手芸に目覚めたきっかけは、5歳のときに買ってもらったひと玉の毛糸。手づくりが得意なお母さんにかぎ針編みを教わり、すぐに夢中になったそう。


▲『刺しゅうの基礎』に掲載した1本どりの作品を額装。「スケッチのようなものもそのまま刺しゅうにできますよ、ということをお伝えしたくてこの図案を描きました」

 

文化服装学院で洋裁を学び、卒業後は教員に

小学生の頃の愛読書は、隔月で発行されていた子ども向けの手芸雑誌『手芸フレンド ピチ』。「子ども向けなのに刺繍や刺し子など、きちんとした図案が載っている本でした。いま思うと貴重ですね」

刺繍や編み物など、手を動かすことが好きだった安田さんは、高校を卒業すると、文化服装学院へ進みます。

「洋服をつくりたくて文化服装学院に入りましたが、服に刺繍したり、ビーズやスパンコールで装飾したりするなど、服飾手芸がとても好きで、楽しかったのを覚えています。2年生の最後にはビーズとスパングルを前身頃に刺繍したジャケットをつくりました」

学生時代の先生との出会いも、手芸と深く関わることになる要因に。

「恩師の中には紳士服店で修業された先生もいらっしゃいましたし、年配の先生は博識で、お話を聞くのが楽しかった。そういう先生方からもっと教えてもらいたいという思いもあって、服飾造形理論という洋裁を教える教員になったのです」


▲右は文化服装学院で勉強していたときの教科書。当時描いた図案やイラストもはさんである。左は安田さんがクロスステッチに魅了されるきっかけとなったフランスの雑誌『DE FIL EN AIGUILLE』。

文化服装学院で学んだ多くのことが、刺繍するうえでも役に立っていると安田さんは言います。

たとえば糸の撚り。「S撚りとZ撚りとでは刺繍したときの表情が違ってきます。撚りの向きを理解しておくことは、美しい作品を仕上げるためにも大切なことです」

 

完成度の高い作品にしたいから、道具にもこだわる

作品をつくるうえで、安田さんが常に考えているのは、効率と完成度を上げるためにどのような道具があるとよいか、ということ。

今回見せていただいた道具には、市販のものだけでなく、安田さんが考案したものもいろいろありました。スタンドタイプの刺繍枠は、木製のバナナスタンドを利用し、パーツを取り替えてつくったアイデアツールです。

「当時販売されていた既製のスタンド式刺繍枠は取り外しができなかったので自作しました。ジョイントを増やしたおかげで、枠を微妙な角度に動かすことができるんですよ」

スタンド式の刺繍枠の利点は、なんといっても両手が自在に使えること。これで格段に作業が早く進むそう。見ると、布の右上に磁石?「布には表と裏から磁石をつけて、針を休めるときはこの磁石につけています」。この磁石も文具売り場で売っているパーツを組み合わせてつくっているそうです。

取材中、なんども話題にのぼったのが、こちらの“指ぬき”。

「はめるタイプの指ぬきは圧迫感があるのであまり使いません。本革を丸く切ってつけ爪用の両面テープを貼り、指先に貼って使っています」

糸をロウ引きするときに使うロウにも、安田さんらしいひと工夫がありました。

「洋裁ではパラフィンを使いますが、刺繍ではビーズワックス、蜜蝋(みつろう)が向いていると思い、お菓子づくりで使っていた蜜蝋でつくりました」

「市販のロウのままだと、ただのかたまりでつまらないので、可愛いモチーフにつくり替えました」

エッフェル塔や馬、バラはチョコレート用のシリコンモールドを使って型取りし、糸巻の形にはイギリスのボタンを利用。いろいろな手づくりに親しんできた安田さんならでは合わせ技です。

他にも、枠にはめる穴の開いた当て布など、手を動かしながら思いついた道具には、安田さんの探求心とアイデアがたくさん詰まっています。

 

これぞ“七つ道具”! 刺繍糸の見本帳

安田さんがつくった道具のなかで圧巻だったのは、刺繍してつくった2冊の糸見本帳。DMCの刺繍糸を番号順と系統の色順で刺し、蛇腹に折りたためるように仕立てた大作です。


▲DMCの刺繍糸を刺して仕立てた色見本帳。上は色番号順、下は系統順。布なので、配色を決めるときに色同士を隣に寄せることができ、汚れたら洗うこともできる。

これだけの色を刺すにはさぞ根気が必要なのではと思って尋ねると、「少しずつ刺していくだけなのでそれほど大変ではないですよ。2か月もあれば刺せます」とにっこり。

刺繍糸はバインダーを利用して同系色ごとに収納し、さらにファイルフォルダーに保存。色番号だけではすぐにわからない色も、見本帳から探し出すことができます。


▲グリーン系の糸をまとめたバインダー。


▲刺繍糸をバインダーに収納するときは、糸を最初に引き出して12等分くらいに切り、ゆるく三つ編みに。こうしておけば絡むことなくすっと引き出すことができる。残った糸は反対側にかけておく。

パソコンでカラーチャートを作成して厚紙に印刷し、穴を開けて糸を保存するという方法も。下の写真のカラーチャートは、刺繍の色見本帳を作る際、元になったデザイン。

刺繍糸がそれほど多くない場合は厚めのカードを利用してメーカーごとにリングでまとめておきます。

 

ユーザー目線の道具紹介が評判に

2005年にブログを開設し、料理やお菓子づくりなど、趣味全般について綴っていましたが、刺しゅうや洋裁の手づくりの話が多くなってきたので、それだけ“分家”し、2007年から針仕事だけのブログ「もったいないかあさんのお針仕事」が新たに始まりました。

「『もったいない』が口ぐせで、娘から『もったいないかあさん』と呼ばれていたので、それをそのままブログのタイトルにしました。おすすめの手芸本や、使ってみてよかった道具、針仕事に関するあれこれを綴っています。手づくりの話は膨らんで多岐に渡り、とりとめがなくなるんです」

ブログで紹介される道具の話は、『暮らしの手帖』の商品テストさながら、使い勝手を入念にチェック。あくまでもユーザー目線の語り口が共感を呼び、いつのまにか手芸好きの間で評判のブログになりました。

そのブログではもちろん、本サイトの「素材と道具の話」でもご紹介した安田さんの愛用の道具を改めて見せていただきました。

「カーブ目打ちは洋裁用ですが、刺繍をほどくのに便利です。チューリップの刺繍針はケースもかわいく使いやすいので愛用しています。ミシン針用糸通しは糸始末をするときにも使っています。はさみはゲーゾルの眉毛ばさみが使いやすく、一番のお気に入りです」

こちらの針刺しは娘さんが着ていたウールのカーディガンをフェルト化して再利用。針がさびないよう、外も中も毛100%にこだわっていて、中には100%のウールを入れているそう。

道具の中でもはさみが大好きという安田さん。革に刺繍を施したケースやシザーキーパーもお手製です。シザーキーパーには重りとして磁石を入れています。

ペンケースに入っているのは筆記用具のほか、チャコペンやピンセット、糸通しなど。「口が大きく開くペンケースは中身がひと目でわかり、重宝しています」

取材中、次々と出てくる愛用品。ではこれを最後に、ということで撮影したのが、こちら。買ってはみたものの使わなかったバッグがもったいなくて、切って制作したビーズトレーです。「四隅はボンドで接着。バックスキンがビーズのすべり止めになって便利なんですよ」

 

刺繍の魅力とは?

ブログのなかで、道具紹介とともに頻繁に登場するのが刺繍の話。安田さんにとって刺繍はどんな存在なのでしょう?

「刺繍をしていると、針の先に集中することで精神統一ができ、心が落ち着きます。糸や布を触るのでリラックス効果もあるのではないでしょうか。今は早くて簡単に模様がつけられる手間いらずの技法もたくさんありますが、刺繍は手間をかけることで何か特別なものになるように思います。刺繍に限らず洋裁でも編み物でもいえることですが、デザインして材料を揃えてつくる、という過程がとてもおもしろいです」

ひとたび話し始めたら、止まらない。まるでブログの文面が、生き生きとした音声になって飛び出してくるよう。どんな質問にも嬉しそうに答えてくれるその姿から、とにかく針仕事が大好きで、素材や道具選びから楽しんでいる様子が伝わってきました。

 

後編では、初めての著書『刺しゅうの基礎』の制作エピソードについてお話ししています。

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