絹糸で刺繍する(後編)|伝統ある160色の絹糸でatsumiさんが描きだす、ぬりえのように自由な刺繍

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絹糸で刺繍する(後編)|伝統ある160色の絹糸でatsumiさんが描きだす、ぬりえのように自由な刺繍

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前編では、京都の老舗糸屋「糸六」さんが、刺繍作家のatsumiさんとのコラボレーションを実現するまでのお話をしました。後編では、「絹糸でぬりえをするように刺繍する糸六ミニトート・ワークショップ」の様子をご紹介します。

撮影:石川奈都子  取材・文:平岡京子  協力:糸六株式会社

「糸六」の心を尽くした「六治郎庵」

社屋の脇にある少し薄暗い趣きのある階段、その下で靴を脱ぎ、見知らぬ場所にドキドキしながら2階に上がって行きました。突き当たって右手に目を向けると、糸六さんに新たに誕生した「六治郎庵」が広がっています。

京都の大工さんの手による木を生かした丁寧な改修工事を経て、何もなかったこのスペースに命を吹き込む日がやって来ました。

ワークショップやイベントに参加される方達が、心地よく手を動かし語り合う場が出来るようにと願って糸六さんが設えたのは、この場にやって来る女性たちへの心遣いの色とりどりの新しいスリッパ。

そして、もうひとつ。しっかりとした強さを持ちながら丸みを帯びたデザインがとても優しい木製のスツールです。このスツールは地元京都の渡部木工所さんが、糸六さんのためにデザイン制作してくださったもの。とても安定感があって座り心地がよく、後に参加された皆さんから大好評をいただいたそう。

 

糸とりどりの絹糸がズラリ!

さあ、真新しい「六治郎庵」で初めて開催するワークショップの準備が整いました。テーブルの上には、糸六さんとatsumiさんが協力して製作したトートバッグ、練習用の生成りの布、そして小さな器の中には当主の今井さんの心遣いで、地元京都の名物、幽霊子育て飴がおやつにプレゼントされました。

会場には今回のためにつくられたトートバッグと、糸六さんの絹糸全160色が並び、その中から自由に糸を選べるように用意されていました。とは言っても、「あまりにも色数が多いので、初めて目にする方には選ぶのが大変だと思います」と、atsumiさんが使いやすい色の絹糸を十数色セレクトしてくれました。さあ準備は完了です。

こちらはatsumiさんが選んだ絹糸の一部。奥の長い糸は、かせ糸と呼ばれる座布団の端などに使われる少し太めの絹糸です。どちらも素晴らしい艶感です。

 

ホワイトボードでステッチの図解

いよいよワークショップが始まりました。京都や大阪はもとより、東京、栃木、名古屋、三重など、遠方から参加された熱心な方が多いことに驚かされます。席に着いた皆さんは、テーブルにセットされているトートバッグに手を伸ばして、とてもワクワクしていらっしゃる様子です。

しかし、atsumiさんが最初に始めたのは、ホワイトボードを使っての詳細なステッチの解説でした。主要なステッチの技法を、言葉と図解で丁寧に説明して行きます。

ホワイトボードを参照しながら、皆さん配布された布地にステッチの練習を始めました。フレンチノット、サテン、チェーンステッチとおなじみのステッチも、atsumiさんの講義を聴いたあとでは不思議と針が進みます。お一人お一人の刺し方には自己流の癖もありますから、ときどき、「あら〜、逆に覚えてたわ!」「すごくきれいに仕上がりました!」など、歓声や笑い声も聞こえてきます。

そして、ステッチのまとめとして、atsumiさんはとっておきの上達方法を教えます。それは、ハートをモチーフにして刺繍の練習をすること。

「ハートは、刺繍のレッスンにとっても良い素材なんですよ。一見、簡単なデザインだからと何も考えずに刺し始めると、いびつになってなかなかきれいに仕上がらないのがハートです。でも、縦・横・斜めといった方向や刺し方を意識して面を埋めるように刺繍して、その後で周囲を囲うように仕上げると、どんどんきれいなハート形になっていくのがわかるんです。

上達する楽しさを実感できるハート形は、とっても優れもののモチーフだったんですね。

初めて刺繍をする方にも、熟練の方にも分け隔てなく、いろいろな質問に対して自ら布を手に持って、刺繍する手元を見せながら解説していくatsumiさん。参加者の皆さんも、十分ステッチの練習をして、atsumiさんに仕上がりを確かめてもらいながら先へ進めるので、不安がなさそうです。


▲刺繍のワークショップに参加するのは初めてだという生徒さんは、なんと栃木県から参加。「はじめは緊張していたけど、丁寧に教えてもらえてとっても安心しました。バッグに刺繍する本番が楽しみです!」

簡単に2〜3時間で仕上がる作品のワークショップには、どうしても物足りなさを感じてしまうというatsumiさんは、「時間内に仕上げましょう」という参加者への働きかけは一切行いません。限られた時間の半分近くを、基本的なテクニックの解説や、不安無くトートバッグに刺繍を始めるために必要な、一人一人への丁寧な実技指導に充てているのです。

atsumiさんは決しておしゃべりな作家さんではありませんが、常に、参加者の言葉を聞いて、笑顔で丁寧に指導する姿が印象的でした。

 

トートバッグの刺繍は糸選びから

さあ、ワークショップも後半です。皆さんステッチに少し慣れてきた様子なので、いよいよトートバッグに刺繍を始めます。

「好きな色の糸を選んで、好きなところから、あなたのペースで刺し始めてくださいね」と、atsumiさん。好きな色の糸で、どこから刺し始めてもかまわないのですから、参加者の方たちはドキドキしながらもとても自由で楽しげ。生き生きした表情で絹糸を選び、手を動かしながらお隣の方たちと言葉を交わし、時には笑い声も聞こえてきます。


▲一針目を刺す緊張の一瞬。

バッグに刺繍をする段階になったら、皆さんすごい集中力で夢中になって手を動かし始めました。atsumiさんも静かに見守っています。


▲京都タワーが優しい金色をベースに彩られていきます。どうしてこの色を選んだんですか?と質問すると、「地色の紺色に、黄色系が映えると思ったので。光沢があってきれいでしょう」という嬉しい答えが。

 

好きなものを選ぶ楽しさを味わってほしい

「はじめから、最後まで仕上げてもらおうなんて考えていないんですよ。お家に帰ってから、時間をかけてゆっくりゆっくり楽しんで刺繍していけばいいんですから」とatsumiさん。

「私は、ほぼ独学で刺繍を覚えました。私にとって刺繍は、アートにもなれるけど、世界中どこにでもあるとても身近なものなんです。こうでないとダメ!ということはありません。色だけでもいいから、自分の好きなものを選ぶ楽しさを味わってもらえたらとても嬉しいです」

下の写真はatsumiさんの作品、こちらも現在進行形です。どこを選び、何色で刺すかはつくり手次第、ぬりえを好きなところから好きな色で塗るように、これからも進化していく絹糸で描く刺繍です。

レッスンの終わりに、ワークショップに参加された皆さんで記念撮影をしました。充実したものづくりの時間だったことが伝わってくるような、素敵な笑顔が溢れています。前列中央には、どこにもないトートバッグをつくり出した笑顔のatsumiさん。その左右には、この日のために裏方として頑張って来た5代目女将の今井登美子さんと、6代目を担う息子の春樹さんも一緒です。


▲笑顔いっぱいの記念撮影。

「私と糸六さんが出会って、絹糸を使った刺繍が生まれ、絹ならではの艶と立体感が楽しめる作品が生まれました。これはとても素敵な化学反応ですよね」と、atsumiさん。

「今回のワークショップを『ぬりえ』と表現したのは、全く刺繍の経験がない人でも仕上がりがイメージしやすいのではないかな?と思ったからです。ぬりえは、同じ絵柄を塗っていても必ず一人一人違った仕上がりになりますよね。個性が生かされるものなんだと思うんです。少ししか刺繍できなくてもがっかりせずに、あなたらしく、あなたの好きな色の糸でバッグを彩ってほしいと願っています」

ワークショップの最後は、atsumiさんからの「皆さんがどんなバッグをつくったのか、またどこかでお会いしたときにはぜひ見せてください。本当に楽しみに待っています!お疲れさまでした」という言葉で締めくくられました。

糸六×atsumiさんだったからこそ誕生したトートバッグ。これからもご自分のペースで楽しみながら、どこにもないあなただけのバッグへと仕上げてくださいね。

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