セキユリヲさん(前編)|「古きよきを新しく」。職人の技を活かした「サルビア」のものづくりは、スウェーデン留学を経て、さらに人生を楽しむものへ

セキユリヲさん(前編)|「古きよきを新しく」。職人の技を活かした「サルビア」のものづくりは、スウェーデン留学を経て、さらに人生を楽しむものへ

共著『彩る 装う 花刺繡』では、宵待草やコスモスをモチーフに可憐な刺繍を紹介してくれたセキユリヲさん。作品デザインはセキさん、制作はサルビアスタッフの佐々木愛さんが手がけたという刺繍作品は、やさしい色づかいに心が和みます。隅田川が見渡せるアトリエ兼ショールームでお話を伺いました。前編・後編の2回にわたってお伝えします。

撮影:清水美由紀  取材・文:石口早苗

隅田川のほとりで、デザインを発信

セキさんのアトリエは、ものづくりの街としてすっかり定着した東京・蔵前にあります。大きな窓からは隅田川を臨み、時折、水上バスが目の前を通り過ぎます。木の温もりが感じられる静かなアトリエにセキさんを訪ねました。

2000年にセキさんの個人的な活動から始まった活動「サルビア」は、「古きよきを新しく」をコンセプトに、日本の伝統工芸や地場産業など、職人の技を活かしたものづくりを展開しています。


▲ニットやブラウスにひとつプラスするだけで、華やかな印象になる刺繍のブローチ。手刺繍の雰囲気が出るように、刺繍工場にお願いしてつくってもらったそう。

初期は、自分でできる範囲の缶バッジやデジタルプリントのテキスタイルを使った服や雑貨をつくっていましたが、いつしか熟練した職人とのコラボレーションで小物や雑貨などを手がけるようになったといいます。

「抜染という染め方で繊細な柄を表現できる工房の方と一緒に布をつくったことがあったんです。それまで個人の趣味としてテキスタイルをつくっていたので、デジタルプリントやシルクスクリーンなど個人でできる範囲のことしかしていませんでした。技術のある職人さんと組むと、こんなにクオリティの高いものがつくれるんだと感動したんです。職人さんとのやり取りや、現場の作業もおもしろくて、それがきっかけで職人さんとのものづくりがスタートしました」。これが今のサルビアのものづくりにつながっているそう。


▲サルビアのデザインをもとに新潟の靴下工場でつくってもらった「ふんわりくつした」。予想以上の売れ行きで、今ではサルビアの定番アイテムに。

 

小冊子「季刊サルビア」で、ものづくりの現場を発信

ものづくりの楽しさを伝えようと、2006年に小冊子「季刊サルビア」を発刊。染織・版画・陶芸・製本など、ものづくりの現場に足を運び、制作工程の楽しさや奥深さを、デザイナーの視点で毎号工夫しながら伝えていきました。年4回のペースで40号まで発刊したところで、惜しまれながら休刊。その後は「Making Thought」として、国内でものづくりをしている方々を取材し、発信を続けています。

「私が育休中ということもあり、スタッフが中心となってつくっています。サルビアとの活動にこだわらず、素敵なものづくりや暮らしをしている方々を訪ね伝えるという内容です。


▲小冊子「季刊サルビア」。掘り下げた取材内容と美しい誌面デザインは、読む者に多くの気づきを与えた。

「サルビア」の名前のきっかけとなったのが、昔懐かしいマッチ箱。デザインしたマッチを名刺代わりに配っていたところ、原宿のギャラリーで展覧会をやらないかと声がかかったそう。昭和の純喫茶に置いてあるようなマッチ箱をイメージして、展覧会の名前を「サルビア」に。「わたしのへや」というテーマで、当時の仕事部屋をまるごとギャラリーに移動するという企画でした。当時のマッチ箱は、今も大事に保管しているとのこと。


▲喫茶店のマッチやコースターをつくっている合羽橋道具街の印刷会社につくってもらった。


▲当時は、喫茶店のマッチ箱をイメージし、名前とメールアドレスも入れて名刺代わりにしていたそう。

 

スウェーデンで学んだことが今に活かされる

以前から、テキスタイルについて勉強したいという想いと、日本ではない国で一度は暮らしてみたいという希望を持っていたセキさん。会社のスタッフも仕事を任せられるくらい成長し、今だったら行ける!と思ったのが2009年のこと。旅行で度々、訪れていたスウェーデンに一年間の留学を決意したのです。

「スウェーデン人はやさしく穏やかで日本人と似ているところがあって、居心地がいいというのも決め手でした」とセキさん。「スウェーデン家具の父」と呼ばれるカール・マルムステンが1957年に設立した「カペラゴーデン」に入学し、テキスタイル科を専攻。バルト海に浮かぶエーランド島での生活が始まります。


▲椅子の張地や壁掛けもスウェーデン織り。

東京に戻っても織物をつくりたいと思い、帰国してから大きなスウェーデン製の織機を購入。織機を置く場所がほしくてアトリエ探しに奮闘し、2010年に蔵前に引っ越しました。

学校ではスウェーデンに伝わる織物を学ぶのがメイン。染物、草木染め、刺繍のクラスもあったそうです。授業が始まるのは朝8時半から。午前中は座学が多く、午後はものづくり。自分でつくりたいものを先生に相談して、その日の作業が始まります。「課題も多少あるんですけど、自由につくれる環境でした。外国人を多く受け入れている学校で、学校にはアメリカやタイからの留学生もいました」


▲緻密なデザインのスウェーデン織り。現在は子どもが小さいため細かい作業ができず、織機は実家に置いてあるそう。

エーランド島は田舎で自然がいっぱい。自然の移り変わりはみんなの大きな関心事で、花が咲いたことが一番のニュースになるくらい。「リンゴの花が咲いたから見に行こうとか、雪が降ったから遊ぼうとか、自然とともに生きている感じでした。雪が降った日の夜中に、皆で散歩に行こうと言って懐中電灯を持って出かけたこともあります。皆、子どもの心を忘れていませんよね」

秋には授業を休んでキノコ狩りのピクニックへ。豊かな人生を送るために時には仕事や勉強以外のことも大切と、先生たちも歓迎していたそう。スウェーデンでのこうした体験から、より人生を楽しまなくてはと思うようになったとか。


▲温かみのある木製カゴに、さりげなくスウェーデン織りのマットを。自然の色を使って織りあげた1枚。

 

カード織りの魅力をワークショップで

毎月、第一土曜日に開催する「月イチ蔵前」は、セキさんが中心となってはじまり、恒例のイベントとなりました。サルビアでは、オリジナルアイテムの販売やワークショップを行っています。最近開催したカード織りのワークショップには小学生のお子さんも参加したそう。およそ2時間かけてつくるこのカード織りもスウェーデンの学校で教わったもの。


▲ワークショップで制作したカード織りのバンド。パーツをつければ、キーホルダーに。現在の参加者は30代から50代くらいの女性が多い。


▲糸選びにもこだわっているセキさん。織物用の糸は、しっかりと撚ってあるものがよいそう。


▲色のバリエーションが豊富な「ておりや」の糸。年季の入った木箱は、工場の跡地で廃棄されそうになったものを知り合いを経由して手に入れた。


▲カードの基になる図案。糸の色番も書き込んで。これを見ながら丁寧に織っていく。


▲知人の木工作家につくってもらったカード織り機の道具をベルトに装着。日本に帰ってきたばかりの頃は、かまぼこの板を利用していたとか。


▲糸をひっぱりながら横糸を手に持ち、カードを回転させて織る。回転を変えると模様が反転するしくみ。


▲スウェーデンの民俗衣装のベルトなどもカード織りでつくられている。

スウェーデンではテキスタイルだけでなく、人生の楽しみ方も教わってきたセキさん。現地で学んだことが現在のものづくりやワークショップに活かされています。後編では、共著『彩る 装う 花刺繡』の制作エピソードや刺繍の魅力、今後の活動についてお届けします。

 

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