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田口奈津子さん(前編)|アナログな手法だからこそ惹きつけられる繊細なテクスチャー。重ね押しで魅せる!消しゴムはんこの世界

田口奈津子さん(前編)|アナログな手法だからこそ惹きつけられる繊細なテクスチャー。重ね押しで魅せる!消しゴムはんこの世界

繊細で優しいデザインの作品で多くのファンを生み続け、消しゴムはんこの講師としてテレビ番組「プレバト!」でも活躍中の田口奈津子さん。アトリエ兼ご自宅を訪ね、消しゴムはんこの楽しさや暮らしのアートとしての可能性についてお話を伺いました。前編、後編の2回にわけてご紹介します。

撮影:奥 陽子 取材・文:酒井絢子

世界観あふれる作品づくりの原点

消しゴムはんこを手がける田口奈津子さんのアトリエは、大きな窓から自然光が差し込む明るい空間。作品やたくさんのはんこたち、そして30冊以上にも及ぶ著書や共著が整理整頓されてデスクを囲んでいます。田口さんのインスピレーションがどんどん形になっていくのは、いつもこのデスク。外出先などでアイデアが湧いた際も、その場でスケッチをしたりメモをしたりすることはせず、このデスクに向かってから形にしていくんだとか。


▲アトリエに続く小路には、楚々と咲く花々と共に屋号の「ATELIER NACO」の文字が。アトリエのエクステリアは自然が溢れ、お庭の小さな葉が季節を彩る。

「外を歩いているときに木が光を通していてきれいだったり、電車の窓から見えるビルの形が面白かったり・・・、インスピレーションを得るのはほとんどふだんの生活です。印象が強かったものは自ずと記憶に残っているので、机に向かったとき、その記憶を頼りにイラストに描き起こしていきます」


▲数年前のイベントでブースをダイナミックに飾った作品の一部をアトリエにも。プリントかと思いきや、スチレンボードを電熱カッターで切り出したものを版にして、紙に押した手づくり。中心部分のみ消しゴムはんこが使われている。

はんこの技術もさることながら、その絵のデッサン力や構図にも脱帽。絵を学んだ経験があるのかと思いきや、専門的に習ったりしたことはないのだそう。

「小さな頃から絵を描くことは大好きでした。図鑑をお手本に描いてみたり、庭に出てスケッチをしたり、クロード・モネの『睡蓮』に強く惹かれて模写をしてみたり。親には勉強をしているふりをしてお絵描きしていました(笑)。でも絵画の道に進もうとは全く考えていなかったんです」


▲個展のために図案を起こした作品をウォールクロックにプリント。80以上もの版を使って仕上げた花や鳥たちが、色鮮やかにアトリエを飾っている。

大学時代は建築を専攻し、その後建築士として勤務。その際に夢中になったのは設計図や透視図などのプレゼンテーションづくり。美しく見えるように背景に色を重ねてみたり、レイアウトに凝ってみたり・・・。模型づくりも楽しんで取り組んでいたそう。

現在の消しゴムはんこ作品のワクワクするようなイラストや見る人を惹きつける構図や色合い、そしてはんこを彫る際の鮮やかな手さばきは、幼少時代から親しんでいるお絵描き、そして建築の現場で培ったプレゼンテーションの経験が原点のようです。

 

重ね押しで描く、広がりのあるストーリー

大学卒業後、会社勤めをしていた頃に隣のデスクの先輩が趣味で彫っていた消しゴムはんこに魅了され、見よう見まねで始めたという消しゴムはんこ。やっていくうちにどんどんハマり、ブログで作品を発表していくうちに人気を集め、今ではテレビ番組「プレバト!」でタレントに講師をするまでに。

著書『押して描く! 消しゴムはんこ』を出版するきっかけになったのも「プレバト!」。番組を見た編集者から声がかかり、番組で紹介している工程を詳しく紹介する本をつくりましょうということになったのです。


▲『押して描く! 消しゴムはんこ』で紹介されている作品たち。いずれも多色押しながら、まとまりのあるやさしい色づかい。

この本が今までの消しゴムはんこの本と違うところは、いくつものはんこのパーツを重ねて、ひとつのイメージを完成させるというところ。枠線をつくり、その枠内を塗るような単純な重ね押しではなく、つなぎ合わせていくことで絵が描かれていきます。


▲右上は読者からの反響も大きかった「幸福の王子」。制作に向け田口さんも改めて読み返し、イメージを具現化していったそう。左上は「ラプンツェル」、下は「ブレーメンの音楽隊〜どろぼうの家で〜」。

絵本をつくるのが夢だという田口さん。『押して描く! 消しゴムはんこ』でも「消しゴムはんこで描くおとぎ話」をテーマにした章も。つくり方を指南するだけでなく、絵本のように見えるようこだわってレイアウトしたというだけあって、物語の挿絵のようにページをめくるだけでもワクワクしてくる紙面になっています。


▲本のために制作したはんこと、掲載された作品「ラプンツェル」。細かくブロック分けされたはんこは全部で23個。これをパズルのように組み合わせて押していく。

どの作品も力を注いだ力作ですが、とりわけ「幸福の王子」は思い入れが深い作品だと言います。

「小学生の息子に何のお話かは教えずに見せたとき、「これ教科書に載ってたお話だ!」と絵から作品名を当ててくれたんです」と嬉しそうに微笑む田口さん。ストーリーを感じさせる構図や色づかいが、見る人に伝わっている証です。

 

イメージを具現化する選び抜かれた色づかい

グラデーションや陰影、透明感など、繊細な技法を駆使した見事な色づかいも田口さんの作品の特徴です。最初に色を見ながらひと通りのはんこを押して1枚の絵にし、色を変えたり技法を変えたりしながら納得のいくまで試し押しを重ね、仕上げたいイメージに近づけていきます。

たとえば『押して描く! 消しゴムはんこ』の「赤ずきん」のずきんは、最初はもっと鮮やかな赤色だったけれど、もう少しおさえてみようかなとオレンジ系にチェンジ。さらに暗い色を入れてみたりしながら少しずつ変化させ、完成までには10回くらい押し直しをしたそう。

「絵が描きたくてはんこを彫っている」という田口さんの頭の中のイメージを忠実に表現できるインクとして、主に選ばれているのが「バーサクラフト」。色幅も豊富で、グラデーションや陰影をつけやすいそう。


▲ふだんよく使うインクは50色ほど。このほかにも用途が違うインクも。パッドのサイズは大きいものもあるけれど、小さなはんこにはパッドも小さい方が角の部分などが押しやすい。

「ツキネコ クラシック」のインクパッドも全色常備。グレイッシュなカラーやペールトーンなど、雰囲気のある色合いが特徴的です。パッド面が硬いためグラデーションや色分けには不向きだけれど、細かく彫ったはんこも細部まできれいに陰影が出るんだそう。


▲アンティークな印象のラベルやモチーフにもぴったりの「ツキネコ クラシック」。カラーごとに違うパッケージデザインもおしゃれ。


▲完成したはんこは薄型のクリアボックスに収納。ふんわりしたかわいいイメージのもの、ラフな印象のもの、ラベル風のものなど、図案のタッチに合わせておおまかに分類されている。


▲インクの補充液(ツキネコ バーサクラフトインカー)は自分でペイントした木製の箱に並べて収納。ほぼ全色をストック。

このほかにも紙用の鮮やかな「アートニック」や、チョークのような仕上がりの「バーサマジック」、カラーペンのような発色の「メメント」など、作品のイメージに合わせて使い分け。数え切れないほど揃うたくさんのインクたちも、表現の幅を広げています。

 

大切な相棒は相性の良い道具たち

作品づくりの第一歩であるラフスケッチは、いわゆる普通のコピー用紙を何枚も使い、納得のいく下絵に仕上がるまで描いていきます。思い通りに完成させた作品をきちんと残しておきたいという気持ちが強く、スケッチブックにスケッチをするのはどうしても気負いを感じてしまうんだとか。


▲冬のイメージをアーティスティックに描いたこちらは、来年のカレンダーのための図案スケッチ。何度もトレースしながら完成に近づけていく。

はんこを押すための紙はケント紙や厚口の上質紙がほとんど。「和紙やエンボスがかかっている紙もいい質感になるけれど、ペタッと押せる消しゴムはんこの良さを表現できるのは、表面がツルツルしている紙だと思います」と田口さん。紙の色は白が多く、作品によっては黒い紙に銀色のインクなどで押して表現することも。

はんこにする消しゴムは、「ヒノデワシ」のハガキサイズのものを愛用。大きな作品をつくるため特別に50cmの版を提供していただいたこともあるそう。


▲アトリエに常備している消しゴムの在庫は60個以上。ソフトタイプは刃が入りやすいので単純な形やスピード重視で制作するときなどに使い、ハードタイプは文字通り硬めで、形が歪みにくいため、細かい図案を彫ったり押したりするのに向いている。

過去には消しゴムはんこ用の消しゴムをプロデュースしたことも。パッケージも図案例も田口さんが考案したもの。消しゴムの色は微妙な違いで何度も何度もサンプルを出してもらい、納得のいくまで調整。「すみれパープル」「さくらピンク」など、色の名前にもこだわりが表れています。


▲田口さんプロデュースの、ヒノデワシ「はんけしくん」。5cm×5cmの消しゴム2つ入り。彫ったハンコそのものがかわいくなるよう、色を吟味して制作。

後編では、消しゴムはんこならではの魅力や、田口さんの制作の様子をお伝えします。

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