美しく酒をのむ(前編)|酒と器とおつまみと。“幸せのトライアングル”に、感性が磨かれていく瞬間。

美しく酒をのむ(前編)|酒と器とおつまみと。“幸せのトライアングル”に、感性が磨かれていく瞬間。

東京・清澄白河の「清澄庭園」内、「涼亭」で開催されたイベント、「美しく酒をのむ」におじゃまさせていただきました。つくり手のお話に耳を傾けながら、美意識に富んだ日本文化に触れられる貴重な体験。その様子を前編、後編の2回にわけてご紹介。前編は二人の陶芸家の酒器を中心にお話しします。

撮影:田辺エリ 取材・文:つくりら編集部 協力:株式会社プラスサチ/料理力研究所

「日本酒をのむ席。そこには、日本の食文化、日本人のこころが集約しています。」

そう書かれていたのは「美しく酒をのむ」というイベントの案内状。美味しい日本酒が、酒のつくり手、器のつくり手、料理のつくり手と一緒に楽しめる。なんてスペシャルな会でしょう! 「参加します!」と即決し、できれば取材もさせてほしいとお願いを。ワクワク気分で会場に向かったのは、暑い暑い夏の一日でした。

 

池を臨む静寂な空間、「涼亭」

会場となったのは、東京・清澄白河の「清澄庭園」内の「涼亭(りょうてい)」。大きな池に突き出るようにして建てられた数寄屋造りの建物です。

野鳥が多いことでも知られる清澄庭園ですが、この日はラッキーなことにアオサギとご対面。しかもかなりの至近距離です。

27畳の広びろとした部屋は、3方向から池の眺めが楽しめる、なんとも気持ちのいい空間。すでに酒器がセッティングされています。

参加者が席に着いたところで、いよいよスタート。主催者のプラスサチの中谷完さんのご挨拶から始まりました。


▲挨拶をする主催者の中谷完(なかやかん)さん(中央)。左から頚城(くびき)酒造の八木崇博(やぎたかひろ)さん、陶芸家の長谷川泰子さん、陶芸家の山夲(やまもと)順子さん、そして料理研究家の片幸子(かたさちこ)さん。

 

お酒に合う酒器をつくってもらえたら

そもそもこのイベントの発端は、料理研究家・片さんの「お酒に合う酒器を陶芸家の方につくってもらったらどうだろう?」という瞬間のひらめきから始まりました。

自社のお酒に合う酒器をつくってくれるなんて、そんなに嬉しいことはない。頚城酒造の八木さんは大喜び。さっそく陶芸家の長谷川さん、山夲さんに日本酒をお送りしたそう。「作家はつくったもので語るので」と山夲さん。お酒の味を、言葉じゃなくて、作品で語る。粋な取り組みにつくり手である陶芸家二人も思わず熱が入りました。

こうしてできあがったのが二人の酒器。左側が山夲さん、右側は長谷川さんのつくった酒器です。

長谷川さんの酒器は、「馬乗杯(ばじょうはい)」と呼ばれる、脚の長いもの。有田の土を使った磁器です。お酒をのんだときに湧いたインスピレーションは、「美しく清らかな女神」。

のんだときの一瞬の面白さ、のんでいるときの姿、そしてなによりも、のむ人が美しく見えるようにと考えたそう。

隣の席の参加者と酒器を見比べると、形も模様も少しずつ違っているのがわかります。

「作家というのは、すべての工程を一人で制作します。自分のインスピレーションを器に込めるのです。1つ1つに少しずつアレンジを加えたり、新しいことを思いつけば、すぐにチェンジしたりもします」。同じ形をつくることを生業とする職人とはそこが違う、と長谷川さんは言います。

こちらは山夲さんの器。お酒からのインスピレーションは、「澄んだ水とそれが流れている場所の風景」。

山とか、岩とか、その合間を勢いよく流れる流水をイメージしたそう。手前の酒器は丸みを帯びた天目形、右奥のものは朝顔のようなシュッした形です。釉薬のかかり方もひとつして同じものがありません。

高台は小さめ。おおらかな器に、ほんの少し恥じらいを隠しているようにも見えました。

「スタンダードな形です。持ってみてふわっと気持ちいいような、持ったときの重さもちょうどいいように」と山夲さん。

 

酒器が変われば、酒の味も変わる

存分に酒器を眺めたあとは、いよいよお酒が注がれます。片口もお目見えしました。写真はどちらも山夲さんの作品です。

こちらの片口は長谷川さんの作品。キリリと冷えた日本酒が似合いそうです。

それぞれの酒器に注がれた日本酒に顔を近づけ、香りを確かめつつ、丁寧に口に含みます。唇にすっとなじんだかと思えば、いつのまにかお酒が口に移っていたーそんな印象だったのは長谷川さんの酒器。広びろとした水面を湛え、日本酒の存在感を感じさせたのが山夲さんの酒器。同じお酒なのに、香りも味もなんとなく違うような。長谷川さんの酒器は磁器、山夲さんの酒器は陶器。やはり土の違いのせいなのでしょうか。

自社のお酒を二人の作家の器で味わった八木さんは、「山夲さんの器は、口が広いので、香りを感じます。口あたりも滑らかで、つやっぽい。いっぽう、長谷川さんの器は、酒を吸うためにあるような・・・。あまりにスムーズに酒を引けるので、口中で酒と空気が混ざりにくく、よりシャープな味わいが楽しめます」と、さすが蔵元、表現する言葉が違います。


▲参加者と話が弾む、頚城酒造の八木さん。

「どちらの酒器も、見た目の印象とのんだときの印象が違う」という、八木さんの意見に、会場からも「うん、うん」とうなずきが。女性らしい雰囲気を持つ、長谷川さんの酒器のほうが雄々しい味がして、男前な、山夲さんの酒器のほうが女性っぽい味がする、という声も聞こえてきたり・・・。深すぎる話題に若干落ちこぼれ状態になりながらも、ああでもない、こうでもないと、酒器を愛でながらの楽しい談義となりました。

後編では、料理研究家・片幸子さんの「五味のおつまみ」と日本酒のマッチングについてお話しします。

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