川本毅さん(前編)|ガラス容器の中に表現する大自然のストーリー。つくって育てる苔のテラリウム

川本毅さん(前編)|ガラス容器の中に表現する大自然のストーリー。つくって育てる苔のテラリウム

東京・丸ノ内線の方南町駅から少し歩くと、ポッと現れるオアシスのようなアトリエ「Feel The Garden」。その代表を務めるのは、テラリウムの作家でもあり、「都会の暮らしにも植物を」をモットーに幅広く活動する川本毅さんです。この夏には初の著書『光と苔のテラリウム』が出版され、展示販売を行うテラリウム専門店Terrariums(テラリウムス)もオープン。ますます多忙を極める川本さんに、テラリウムとの出会いから将来の展望まで、詳しくお話を伺いました。前編・後編の全2回でお届けします。

 

撮影:天野憲仁(日本文芸社)  取材・文:酒井絢子

テラリウムとは、ガラス容器の中で、湿度や温度を保ちながら植物を育てること。植物は苔やシダ、常緑樹、水草などが適しているとされていますが、川本さんが主に制作し、注目を集めているのは、苔で情景をつくり出す「苔のテラリウム」です。

 

会社員時代に出会った「苔」と「テラリウム」

Feel The Gardenがオープンしたのは、2015年。それ以前の川本さんはというと、大手企業でバリバリ働く営業マンでした。何かを手づくりするということはしていなかったものの、暮らしの傍にはいつも植物があったそう。

「母親が植物好きだったので、幼い頃から植物は身近なものでしたね。本格的に園芸を趣味にし始めたのは、社会人になってからかな。週末はベランダでずっと土いじりしたり、園芸店に足を運んだり。まあ、ほかの趣味っていうのがあんまりなかったというのもありますね」

▲Feel The Garden代表の川本毅さん。取材・撮影におじゃましたのは、テラリウム専門店Terrariumsのオープン直前。明るい店内には美しいテラリウムがずらり。

そんな折、盆栽の苔に魅力を感じるようになり、インテリアグリーンとして取り込むことはできないか、と考えるようになりました。

「盆栽って、小さな器の中に大木を感じるっていうものじゃないですか。その大木の下に芝生が生えているのを表現するために苔があるんですよね。その縮小された世界観の中で、苔もまたひとつひとつが小さくて完成された形っていうのが魅力的で」

▲半開放型の容器を使用したテラリウム。密閉ではなく外気の流入があるため、比較的自然な形で植物の育成が可能。

苔を室内でも楽しむには、テラリウムが最適。園芸が趣味だった川本さんにとっても、テラリウムづくりは全くの未経験でしたが・・・。

「見よう見まねでテラリウムをつくってみると、意外ときれいにできちゃって。それをハンドメイド品の販売サイトに出品してみたら、けっこう評判がよかったんです」

▲ガラス側面の半分を囲む、水辺を表現した白い砂は、「寒水砂」。石灰岩や大理石を細かく砕いた砂で、盆栽や鉢植えにも利用される。

そこからは、店頭に置いてもらうほか、ワークショップのオファーも次々と舞い込むように。さらにはテレビなどメディアからの取材も受けるようになり、途端に多忙になったそう。けれども、その当時はまだ会社員という立場。仕事を終え10時に帰宅し、夜中の3時までテラリウムの作業、そして翌日朝9時に会社に行き、昼休みには仮眠を取る・・・そんな激務の日々が1年間続きました。

仕事で疲れた夜にテラリウムのような細かい作業をするのはさぞかし大変かと想像してしまいますが、「夜中の方がけっこう集中力上がるんですよね」とサラリ。

▲動物が草原に佇むように可愛らしく仕上げられた、シンプルでコンパクトな作品。フタとして使用しているのは、化学実験などで使われる器具の時計皿。

 

Feel the Garden として事業をスタート

そして会社員を辞めた後は、Feel The Garden を本格的に始動。テラリウムの制作・販売をはじめ、ワークショップやイベントの運営など、幅広く事業を展開するように。

2017年には「国際バラとガーデニングショー」に苔のテラリウム講師として招かれ、2019年の夏には東京メトロのCMに登場。人気俳優がテラリウムづくりに挑戦する動画がそこかしこで公開されると、予約の連絡が次々に舞い込み、2ヶ月待ちになるほどだったそう。

▲工具用ツールボックスに、ドイツ製の鉄道模型用フィギュアがずらり。動きや服装もさまざま。たったひとつテラリウムに入っているだけでも、ストーリーが生まれてくる。

▲feel The Garden では実店舗とオンラインで、フィギュアの販売も。フィギュアの足にはピンがついているので、すぐにテラリウムに取り入れることができる。

 

ガラスの中に広がる、自然界の物語

川本さんが苔のテラリウムを始めた大きな動機は、「都会の暮らしにグリーンを取り込む」ということ。

「インテリアグリーンって、難しいんですよね。日照とか水やりとかの問題もありますし、手が回らなくて世話をしきれないこともあります。都会に住む忙しい人でもちゃんと育てられるインテリアグリーンをつくりたいなと思っていて。それで手のかからないナンバーワンは苔テラリウムだと」

▲土に混ざって生えているのは、ホソバオキナゴケ。「女の子と男性は親子かな?トナカイと目が合った?」などと、想像を膨らませながら眺めるのも楽しい。

苔は日陰に強い植物なので、陽の当たらない家の中でも育てることができる。毎日世話をしなくても、枯らしてしまうこともない。成長のスピードもゆっくりなので、頻繁にメンテナンスをする必要もない。苔のテラリウムは、都会のライフスタイルにぴったりの、身近に存在できる自然の緑なのです。

▲テラリウム内の風景を作り出すための石たち。石は道端の小石も使えるけれど、盆栽用やアクアリウム用の石は、造形のおもしろいものがあるそう。

テラリウムには、苔だけでなくガラス容器の中でも育てやすい植物や水草、小石などもレイアウトされ、それぞれが岩や大木のようにとどまり、ひとつの小さな情景を生み出しています。そこに鉄道模型用のフィギュアも加わると、俄然ストーリーを感じる面白味が生まれてきます。

▲ボートにフィギュアを乗せ、動きを感じる作品に。ボートの進行方向に抜けの空間があることで、より雄大な印象を与える。

▲物語の一コマのような作品。動物は目立ちづらい後ろ足、人間は重心が乗っている方の足に、ピンを固定し、土に差し込んでいる。

幅広い視野を持ち、Feel The Gardenの事業成長に邁進する川本さんは「私はテラリウム作家として活動しているわけではないから、川本毅という名前を掲げて作品を売ろうとは思わない」と言い切りますが、作品をみるとやはりそこには独特の世界観を感じずにはいられません。

「面白かった映画とか、好きなゲームの中の舞台とか、自分が気に入った風景をテラリウムに再現しようとすることも多いですね。非現実的な世界観を、どうやってテラリウムに落とし込むか、考えを巡らせて。あとはもちろん、自然の景色を見てつくるということもありますよ。ガラス瓶の形も作品のうちですが、基本的には中に入れる植物によって決めていて、風景との兼ね合いも大切にしています」

▲フィギュアの女性が登ろうとしている階段は、情景部品の小さなレンガ。岩に見立てた流木や傾斜を持たせた土の盛り方など、奥行きを感じさせる配置はさすがの一言。

フィギュアを入れたり砂で道をつくったり。自分だけの世界や物語を、苔やパーツが小さいからこそ雄大に、自由に表現できるテラリウムづくりは、ワークショップに夢中になる人が多いのも頷けます。

▲麻紐でハンギングされた、観葉植物がメインとなったテラリウム。こちらにはフィギュアは入れず、シンプルなインテリアグリーンとして。

後編では、ますます人気を博すテラリウムづくりのワークショップのこと、著書『光と苔のテラリウム』のエピソード、Feel The Gardenの今後の活動について、お伝えしていきます。

 

おすすめコラム