vol.14

親子の絆

写真・文/トニー・ウー 翻訳・構成/加藤しをり

写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第14回目です。トニーさんの海洋生物とのふれあいの原体験ともいえるクジラたちとの出会い!今回から3回に渡ってそのクジラたちとのエピソードをご紹介していきます。トニーさんの人生を変えた運命の遭遇、そこには一体どんなドラマが待ち受けていたのでしょうか。貴重な写真と共にお楽しみください!!

「つくりら」で始まったこの連載コラムの第1回は、僕が生まれて初めて出会ったクジラのエピソードでした。僕の脚をくわえた若いマッコウクジラ。彼と過ごしたひとときの体験が、僕の人生をこんなにも大きく変えてしまうなんて、想像もしませんでした。

 

あの日以来、僕は海のことが頭から離れなくなったのです。もっと海洋生物の勉強をして知識を深めたい、同時に、彼らのこのうえなく魅力的な瞬間をカメラにおさめたい! ついに決心し、思い切って会社を辞めました。

 

それから18年、世界の海でクジラを待ち受けることに多くの時間を費やしてきました。実を言うと今もまさに、船でこの原稿を書きながらクジラを待っているところです。

 

広い海の真っただ中でクジラとともに過ごした時間は、合計何千時間になるでしょうか。間近で触れ合い、さまざまな発見を積み重ねてきたおかげで、クジラという生き物の実像が見えてきた気がします。
体形も住む環境も、人間とは異次元なくらい違いますが、意外にも似通った特徴がたくさんあります。クジラは頭が良いと言われるとおり、彼らの感情や個性を体感できる貴重な瞬間にもたびたび出会い、僕の理解はそのつど深まってきました。

 

そこで、今回のコラムから連続3回はクジラをテーマにして、長年の体験から得た知識を織り交ぜながら写真を紹介します。
体長や体重といったデータは誰でも簡単に調べられますが、学校では教えてもらえない、本からも学べないような話を書こうと思います。

 

 

今回は、ザトウクジラ(座頭鯨 学名 Megaptera novaeangliae)に焦点を絞ります。

 

クジラといえば、いちばん知られているのはザトウクジラではないでしょうか。
彼らは海岸の近くで泳いでいることがよくあり、時にはにぎやかな町の沿岸にも出没します。また、マッコウクジラなどはたいてい深く潜っていますが、ザトウクジラは外洋でも水面の近くを泳ぎます。この2つの特徴から、ザトウクジラはほかの種類に比べて圧倒的に人目につきやすいのです。

 

しかも、この雄姿……!

 

 

海面から高くジャンプする「ブリーチング」という行動はあちこちで紹介されているので、あなたも見たことがあるでしょう。とくにザトウクジラの場合は、この長い巨大な胸びれも迫力満点で、息をのむほど勇壮な光景です。小笠原や久米島のようなホエールウォッチングの名所には、この瞬間をカメラに収めようと多くの人が詰めかけます。ブリーチングの写真や動画を見ると大半がザトウクジラなので、アイドル級の人気者であることがわかります。

 

こんなに有名で愛され、実際に目にした人も多いザトウクジラ。
でもその一方で、ザトウクジラが何を大事にして生きているか、といったことを理解している人はそれほど多くはありません。

 

 

僕は合計すると3、4年の歳月をザトウクジラとともに過ごしてきました。目撃したエピソード、撮影した写真、新しく得た知識など、数えきれないほどあります。それらをみんなと共有したいところですが、時間が足りません。
そこで今回のコラムでは、ひとつだけ紹介しようと思います。
それは、ザトウクジラを知るには欠くことのできない重要なテーマ、母と子の絆です。

 

 

ザトウクジラの子どもは、生まれてから1年近くたたないと自立できません。それまでは、お母さんがいないと生きてはいけないのです。

 

最初は母乳だけで育つので、赤ちゃんはいつもお母さんにべったりくっついています。ザトウクジラの母乳は脂肪分が50%もある濃厚なミルクです。
もしも何かの理由でお母さんがいなくなると、もう手の施しようがありません。ほかのメスが育てるといった仕組みはザトウクジラの世界には見られず、この特殊な母乳の代わりが務まるベビーフードも海にはないですから。

 

 

しかし母子の絆は、高カロリーの母乳だけではありません。

 

ザトウクジラは群れで暮らす社会的動物で、高い知能を持ち、行動様式はとても複雑です。そんなクジラ社会にうまく順応できるよう、幼いうちからスキルを身につけさせなければなりません。
また、大海原を何千キロも回遊しながら生きていく能力を育てていく必要もあります。
子どもを一人前に育てあげるのは、すべて母親の役割です。

 

 

例えば次の写真では、手前にいるメスの子クジラが一生懸命、お母さんの姿勢を真似しようとしています。

 

 

逆立ちはできたものの、尾びれを水面から出せずにバタつかせ、体全体がぶら下がったような感じになっているでしょう?
お母さんクジラの姿勢は一見、簡単にできそうに見えますが、巧みにバランスを調整してこそこの姿勢を保つことができるのです。時間をかけて練習しないと習得はできません。
現に僕がこの写真を撮ったあと間なしに、子クジラはバランスを失って沈んでいきました。
でも頑張って体勢を立て直し、再チャレンジ!

 

次の写真はブリーチングの練習です。

 

 

お母さんを見習って必死でジャンプする子クジラの姿には、「ガンバレ!」って応援せずにはいられません。

 

ブリーチングをするには、とてつもない体力とエネルギーが必要です。それは濃厚な母乳で養われますが、ほかにもジャンプのコツや全身の運動神経を総動員しなければなりません。それらはすべて、お母さんがお手本です。母親のやり方をよく観察し真似ることによって上達していきます。

 

このようなスキルや行動様式は、大人になると日常生活に必須のものなのです。

 

 

ザトウクジラの母子関係についてはもうひとつ、見過ごされたり時には否定されたりもしますが、僕自身はとても重要な部分だと考えていることがあります。
それは、母親が子どもの精神面をも支えている、ということ。
僕は、ザトウクジラの母と子のやりとりを何百時間も観察してきた結果、子どもは母親に安らぎや慰めを求めて頼りながら、自信を築いていくのだと確信しています。

 

その実例として、僕のまぶたに焼きついている光景があります。
次の写真を見て下さい。

 

 

この子クジラはまだ幼いオスで、何かの動物に襲われたらしく重傷を負っていました。
右の胸びれが半分にちぎれかけた傷痕が見えるでしょう? 背びれはほとんどが無くなっているし、ほかにも小さな体のあちこちに、噛まれた大きな傷痕が残っています。

 

僕が出会ったときは襲われて間がない頃でした。警戒心が強く、母親にぴったりくっついていました。母親も息子が離れないよう見張って、大事に守っていました。

 

それから数週間後、この母子に再会しました。
子クジラは傷が治ってすっかり元気になり、自信を取り戻していました。活発に泳ぎ回って遊び、それでも、少し間を置いてはお母さんのもとに戻ります。
こんなふうに。

 

 

やっぱりお母さんは心の支えなんだ、と感じました。
あなたはこの写真から何を感じるでしょうか。

 

特別な母乳で育ててもらい、生きる知恵やスキルを授けてもらい、心を癒やしてもらい……母親の恩恵はたくさんあります。ザトウクジラの子どもが無事一人前の大人になれるかどうかは、ひとえに母と子の強い絆にかかっているのです。

 

 

 

 

『僕の肩で、羽を休める渡り鳥』

船でこの原稿を執筆中に、長旅で疲れ切った渡り鳥(メボソムシクイ科 Phylloscopus sp.)が僕の肩にとまり、しばらくうとうとと眠っていました。

Photo:Akiko Matsumoto

TONY WU(写真・文)

トニー・ウー

もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。

加藤しをり(翻訳・構成)

奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。