vol.15

コククジラと触れ合う

写真・文/トニー・ウー 翻訳・構成/加藤しをり

写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第15回目です。トニーさんの人生を変えるきっかけともなったクジラたちとの遭遇!今回もその中から選りすぐりの出会い体験を写真と文章とでお伝え致します!!海の生き物たちとの『触れ合い』を、ほんのひと時、たとえわずかでもこのコラムで身近に感じて頂けたなら嬉しいです!!

野生動物を観察するときは、最低限守るべき原則があります。それは、動物との間に一定の距離を置き、静かに見守ること。彼らのじゃまにならない範囲で行動し、何があっても触れないこと。

ただし、写真のコククジラ(克鯨 学名 Eschrichtius robustus)の子どものように、動物のほうから「なでてほしいよ~」と迫ってくることもあります。

 

 

この子クジラは、自らボートに近づいて来て水面から口を突き出し、見物の人たちに触れ合いを求めてきました。
「触って! なでて! 遊んで!」とせがんでいる子どもの声が聞こえるようです。


この口の中に、上顎から生えているヒゲの列が見えるでしょう? これはフィルターのようなもので、コククジラは海底の砂や泥を口に入れ、そこに交じっている餌をこのヒゲでこし取って食べます。
クジラは2つに大別されていて、この「ヒゲクジラ」のタイプか、そうでなければマッコウクジラのように歯を持っている「ハクジラ」に分類されます。


写真の子クジラはまだ赤ちゃんですが、それでも体長はおよそ5m、重さ1トンぐらいは軽くあるでしょう。

 

この好奇心旺盛な子どもの後ろにいるお母さんクジラははるかに大きくて、おそらく体長が15m、重さは40トンほどあったはずです。あまりにも巨体なので、次の写真ではほんの一部しか写っていません。

 

 

コククジラの歴史は、良いこと悪いことが入り交じる浮き沈みをたどってきました。

 

北大西洋のコククジラは、18世紀には絶滅してしまいました。
北太平洋のほうでも乱獲のため、存続が危ぶまれるほど減りました。

 

彼らは泳ぐスピードが比較的遅くて、しかも沿岸を回遊するため、大昔から捕鯨のターゲットになりやすく、捕鯨の技術が進歩してからは激減しました。

 

しかし1946年の国際捕鯨取締条約でコククジラも保護の対象になったあとは、太平洋の北米側で順調に数が増えていき、現在では約2万頭にまで回復しています。ただ、西のアジア側では相変わらず生息数が非常に少なくて心配な状態です。

 

最近では一部の群れが、太平洋のアジア側と北米側を行き来していることがわかってきましたが、それが生息数の増加につながるかどうかはまだわかりません。


太平洋の東側に住むコククジラの多くは、冬には北の海からメキシコのバハ・カリフォルニア半島まで、片道1万kmもの旅をして、安全な保護区の浅い海で繁殖や子育てをします。

この一帯はまさにその昔、各国からコククジラ漁に来ていた地域です。でも今では地元の漁師をはじめみんなが、毎年コククジラの到着を楽しみにしています。

 

 

ある船長が僕にこんな話をしてくれました。
「最初は怖かったんだよ。どんなに危険な動物かって話をたくさん聞いていたからね。あのクジラは反撃してくるぞ、船を壊されて人が大怪我したり殺されたりするんだぞって」

 

もちろんこれは捕鯨していた当時の、コククジラを捕まえようとした人たちからの言い伝えです。
捕鯨をやめてから数十年もの歳月を経て、人とクジラ相互の恐怖や敵意が消え去り、代わりに好奇心や遊び心が目覚めていったのでしょう。

 

船長の話は続きます。
「25年以上前になるかな、ある漁師がこう言ったんだ――クジラが船に近づいて来たから、おそるおそる手を伸ばして触ってみたら、なんだかクジラは喜んでるみたいだったよ、と。そんなばかな!ってみんな口々に言ったものさ。だが、少なくともそのクジラは船に体当たりしたり、人に危害を加えたりはしなかった」

 

これをきっかけに、似たような体験談が増えていきました。
そんななかで生まれたこのバハ・カリフォルニアの保護区は、今やクジラと人が文字どおり触れ合える場所として有名です。
毎年、冬になると世界各地から観光客が訪れ、次の写真のような小さなボートに乗って、コククジラと遊べるチャンスを待ちます。おかげで地域の経済も潤っています。

 

 

コククジラのほうは、この安全な水域にいるあいだに繁殖や子育てという大事な使命を果たさなければなりません。前回のコラムに書いたザトウクジラと同様、コククジラも子育ては母親が一手に引き受け、クジラ社会に不可欠な知恵やスキルを教えて、励ましや慰めを与えながら育て上げます。


しかし、この保護区にいるコククジラの母親と子どもには、驚くべき特色があります。
多くの母子が、自ら積極的に人を探して近づき、交流を求めて来るのです。
もちろん個性の違いはありますが、母子ともに、人との出会いをこんなにも喜んでくれる例はめったにありません。見物客が遊んでくれる、楽しい遊園地とでも思っているんでしょうか。

 

例えば僕が初めてコククジラとの触れ合いを体験したときのこと。
ボートから少し離れたところにコククジラの親子が泳いで来ました。そこで僕は友人たちと大声でその親子に呼びかけました。

 

期待どおり親子が近づいて来たので、僕たちは大興奮! 小さなボートの上で全員がいっせいに片側に集まり、大喜びで手を伸ばしました。ボートが水面ギリギリまで傾いて、ひっくり返るのではないかと内心ハラハラしながら。

 

 

母クジラが、子どもを僕たちのほうに押しやりました。
子クジラと遊べる! みんなが待ってましたとばかりに身を乗り出した瞬間……子クジラがひょいとボートの下に潜り、それと同時に母クジラが、巨大な尾びれをぐるんとひと振りしたのです。
大波がボートを襲ってきました。僕たちはみんなズブ濡れ!

 

僕は潮水をしたたらせながら大笑い。「まんまとやられちゃったね! これはきっといたずらだよ。親子でしめし合わせて、僕たちの期待が最高潮になった瞬間に水をぶっかける!」
僕の耳には、親子クジラのくすくす笑いが聞こえるようでした。

 

その数分後、同じ親子がまた近くに現われました。僕たちが「おいでおいで!」と呼びかけると、どんどん近づいて来ました。みんなが手を差し伸べ、身を乗り出すと……そうです、子クジラはするりとボートの下に潜り、母クジラが大波をぶっかける。
きっと親子でガッツポーズをしていたことでしょう。

 

念のため、同じことをもう1回繰り返しました。
コククジラがいかに頭が良いか、確認できました。


そのあと僕たちはびしょ濡れの体を拭き、別の親子が来るのを待つことにしました。
幸い次の親子はお母さんがおとなしかったので、遊び盛りの赤ちゃんクジラと最高の触れ合いができました。

 

TONY WU(写真・文)

トニー・ウー

もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。

加藤しをり(翻訳・構成)

奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。