vol.19

ハリーとオスカーから学ぶこと

写真・文/トニー・ウー 翻訳/嶋田 香

写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第19回目です。海の中の生き物たちの生態をトニーさんと一緒に見て来ると、これまで知らなかったことに何度も遭遇し、その度に驚かされて来ました!しかも今回はこれまでに登場した生き物たちの形態がこんな意味も持っていたのかと改めて思い巡らす契機にもなっています!トニーさんとっておきの一瞬、じっくりとご覧ください!!

今回のコラムを読む前に、『もじゃもじゃハリーの話』(第9回)と、『タコのオスカーの話』(第18回)を振り返ってもらいたいと思います。

 

この2つの話を紹介したのは、話として面白いからだし、本当にあったことだからですが、僕の頭には、もうひとつ別の目的がありました。それは、これからするお話の前段階として、ハリーたちのことを知ってもらう、ということ。

 

どんな動物も物を食べる必要がありますが、それは、エネルギーと栄養を取らなければ生きていけないからです。あなたも僕も食事をするでしょう? それなら、海に暮らす動物たちも、食事をしなければいけないのは当然です。このことを踏まえて、ハリーとオスカーについてもう一度よく考えてみましょう。

 

話をさっと振り返っただけだと、2匹の間に共通点はほとんどないように思えるかもしれません。ハリーは魚で、オスカーはタコ。ちっとも似ていないですよね。

 

でも、実はこの2匹には、水中、陸上、空中を問わず、自然界に一貫して流れるとても重要なテーマが、分かりやすく表れているんです。それは、地球上に生きる生物の形態は機能に従う、ということ。ハリーとオスカーの例は、その事実をはっきり示しています。

 

ややこしく聞こえるかもしれませんが、実際にはごく簡単な話です。

 

次の写真を例にとって説明しましょう。

 

 

イロカエルアンコウ(Antennarius pictus)が、テンジクダイの一種(Apogonidaeテンジクダイ科)を捕らえて食べているところです。驚きなのは、テンジクダイは泳ぎの名手なのに対して、イロカエルアンコウはそうではないということ(ハリーも泳ぐというより、歩いているようなものでしたよね?)。

 

では、動きがのろくて泳ぎが下手なイロカエルアンコウのような魚が、素早くて泳ぎの上手な魚をどうやって捕まえたんでしょうか? 

 

イロカエルアンコウの体を見て下さい。大部分が暗い色で、形はちっとも魚らしくないデコボコの形、体中に小さな丸い斑点や斑模様があるのが分かりますか? これには理由があります。

 

この魚は体を動かさずにじっとしていると、カイメン(海綿動物)そっくりに見えるんです。つまりイロカエルアンコウは、自分より動きの速いテンジクダイのような魚をだますために、無害な動物の姿と振る舞いを真似ているというわけ。じっとしていて、おいしそうな魚が近づいてきたら、上の写真のように、さっととびかかって捕らえます。

 

もうひとつ例をお見せしましょう。

 

 

この写真は、よーく見て下さいね。ここには、獲物を捕らえたハンターとその獲物が写っているんですが、どこに何がいるのか分かりにくいですから。ハンター(右側)はハナイカといって、海底に住む小型の頭足類です。そのハナイカが、茶色い縞模様のある小魚(トラギス属の一種Parapercis sp.)を捕らえています。

 

参考に、もう1枚、別のハナイカの写真を載せます。これを見れば、上の写真のどこにどうハナイカがいるのか、分かりやすくなるかもしれません。

 

 

こちらの写真では、ハナイカの体をはっきりと見ることができますが、それは、姿を隠そうとしていないから。1枚目の写真のハナイカは、周りの景色に溶けこむために、体の色と模様を変えていたんです。

 

ハナイカは獲物を捕まえようとするとき、周りの景色に合わせて体の色と模様を変え、自分の姿を見えにくくします。そして、その姿でそろそろと獲物にしのび寄り、最後の瞬間に触腕を使って襲いかかります。

 

僕は1枚目の写真のハナイカを撮影するときに、目の前にいる実物を見ていましたが、どこにいるのか見分けるのにとても苦労しました。体の色と模様が、海底の砂そっくりに変わっていたからです。

 

もうひとつ例を挙げます。

 

 

ヒトスジエソ(Synodus variegatus)が、カザリキンチャクフグ(Canthigaster bennetti)を捕まえて、食べようとしているところです。フグの方は食べられたくないので、体を膨らませています。

 

ヒトスジエソの体は、水中を魚雷のように素早く泳げるよう、細長い形になっています。この魚の口をアップで見ると、こんな感じ。

 

 

尖った歯がたくさん!

 

ヒトスジエソは、スピードと鋭い歯を武器に獲物を捕らえるハンターで、腕前は間違いなく一級品です。

 

さあ、3つの例を見たところで、ハリーとオスカーについてもう一度考えてみましょう。

 

もじゃもじゃハリーの話で、ハリーは素早く泳いで獲物を捕まえたのではありませんでした。それどころか海底を歩きながら、できるだけ無害なふりをして、狙いを定めた獲物にゆっくり近づいていました。

 

タコのオスカーの場合、僕はカニを捕まえたところを見ていませんが、誰もが知っているように、タコは柔らかくてしなやかな体を持っているので、小さな穴や割れ目の中にまで腕をのばすことができます。おまけに周りの景色に合わせて体の色と模様を変えることもできます。ですから、獲物の捕まえ方としては、こっそり近づいていって、パッと捕らえたんだろうな、と想像がつきます。カニが穴か小さな隠れ場所にいるところに襲いかかって、つまみ出したのかもしれません。

 

これは、オスカーと同じようにカニを捕まえた、別のタコ(メジロダコAmphioctopus marginatus)です。がっしりした危険なハサミが自分に向かないようにしてカニをつかんでいるので、はさまれずに済んでいます。

 

 

ここまでに挙げたすべての例には、共通していることがあります。それは、この動物たちの体が、獲物を捕らえる戦略にぴったりの形に形作られており、体に備わった道具と能力も、それに見合う最適なものだということ。

 

もしもカエルアンコウがヒトスジエソの真似をして獲物を追いかけても、捕まえることはできないでしょう。カエルアンコウの体は、そのようにはできていないからです。反対に、もしもヒトスジエソがカエルアンコウのようにカイメンのふりをして、獲物に不意打ちをかけようとしても、やはりうまくいかないでしょう。

 

ハナイカとタコは、どちらも体の色と模様をまわりの景色に似せて、こっそりと獲物に近づき、いきなり襲いかかって捕らえます。

 

ここで分かっていただきたいのは、動物たちはしかるべき理由があって今の姿になり、今のような行動をとっている、ということです。今回の話で紹介したように、獲物を捕らえるため、というのも、しかるべき理由のひとつですね。

 

「形態は機能に従う」というのは、つまり、そういう意味なんです。

 

次に動物を見る機会があったら、その動物が泳いでいても、歩いたり飛んだりしていても、なぜ体がそのような形になったのか、なぜその能力を身につけたのか、考えてみて下さい。それだけで、たくさんのことが理解できますよ。

TONY WU(写真・文)

トニー・ウー

もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。

嶋田 香(しまだ かおり)

東京都出身。東京農工大学農学部卒業、同大学院修士課程修了。英日翻訳者。主にノンフィクション書籍の翻訳を行う。訳書は『RARE ナショナルジオグラフィックの絶滅危惧種写真集』(ジョエル・サートレイ著/スペースシャワーネットワーク)、『知られざる動物の世界9 地上を走る鳥のなかま』(ロブ・ヒューム著/朝倉書店)、『動物言語の秘密』(ジャニン・ベニュス著/西村書店)、『野生どうぶつを救え! 本当にあった涙の物語』シリーズ(KADOKAWA)など。
翻訳協力:株式会社トランネット