vol.6

真の感動

写真・文/トニー・ウー 翻訳・構成/加藤しをり

写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第6回です。地上では、一見、単純に見える営みも複雑精緻なメカニズムによって成り立っていることが多いです。海の中の住人たちも、もちろん単体では生活していません。それぞれの個と個が密接に関わりあって関係性が築かれているはずです。そこには一体どんなつながりやネットワークがあるのでしょうか。トニーさんの写真と文章が海の中の生命の神秘と秘密に迫ります。

前回のコラムでは、海の住人たちと環境がどんなふうに密接な関係を持ち、お互いに依存し合っているかについて書きました。オーケストラの演奏家、一人一人が奏でた音が調和して、美しいシンフォニーを生み出すことに似ているのではないかと比べてみました。

 

今回は、もっと具体的な例を紹介しましょう。

 

3回のウツボのバーニーのことを覚えていますか? 僕が良い被写体を探して泳ぎ回るとバーニーがついてきて、岩やサンゴ礁の間で餌を探したこと。ウツボは普通、小さな動物を餌にします。

 

では、なぜ、この写真の小さなアカシマシラヒゲエビ(赤縞白髭蝦、学名 Lysmata amboinensis)は、自らウツボの口の中に入っているのでしょう。自分よりずっと大きなウツボ、しかも健康で食欲旺盛、歯がいっぱい見えているのに。

 

 

「危険だってことがわからないの?! ウツボが口を閉じたら一瞬でエビはアウトでしょう。自分からのこのこ入っていくなんて、どうかしてるよ!」

 

いえいえ、動物は賢いのですよ。何か理由があるはずです。

 

ウツボは優秀なハンターで、獲物を捕食するためにたくさんの歯を持っていますが、残念ながら手は持っていません。

「それがどう関係あるの?」と思うでしょ?

 

ウツボとエビのことはちょっと忘れて、僕たち人間が食事するときのことを考えてみましょう。食後はたいてい食べ物のかけらが歯にはさまっているので、みんな歯を磨きますよね。歯磨きしないで放っておくと虫歯になって穴があき、そのうちもっと深刻な問題に発展することもあります。

 

ウツボも同じなのですよ。健康を保つためには歯をきれいにしておかないといけない。でも、歯ブラシも手もないから、ときどきエビに頼むんです!

エビは、ウツボの歯の隙間や口の中に残っている食べ物のかけらを掃除してあげます。といっても、実際にはエビはそのかけらを食べるので、餌にありつけるわけです。ウツボのほうは口の中がサッパリ爽(さわ)やかになります。

 

こんなふうに、お互いが利益を得られ、損することは何もない助け合いを「相利共生(そうりきょうせい)」といいます。

 

次の写真でも似たような助け合いが見られます。

 

 

この大きな魚はカスリハタ(絣羽太、学名 Epinephelus tukula)。体長は最大のものでおよそ2メートル、重さは100kgを超えます。このハタに、小さな魚が3匹まとわりついているのが見えるでしょう? これはホンソメワケベラ(本染分遍羅、学名 Labroides dimidiatus)といいます。

 

小さな魚は普通、ハタのように口の大きな大型魚には近づきません。これくらい大きなハタになると食べる量もすごくて、ウツボ同様、小さな生物をばくばく食べます。

縄張りを持っているので、非常に攻撃的になることがあり、人を食べたりはしないけれど、猛然と追いかけて縄張りから追い払うことはあるかもしれません。

 

そんなハタと、小さなベラたちが、どうしてこんなにお互いのんびり和やかに触れ合っているんでしょう?

 

最初の写真で見たウツボとエビのように、このハタとベラも、助け合おうねと暗黙(あんもく)の契約を結んでいるのです。

 

実はこの美しいベラは、掃除屋さんとして有名なのです。他の魚の体をきれいにして、健康を保つ手助けをするスペシャリスト。体表を調べ回って寄生虫を取ったり、傷ついた皮膚や壊死(えし)した部分をはがしたりしてあげます。また、最初に紹介したエビと同じく、相手の口の中に入って歯の掃除もしてあげます。それによってベラは餌を食べることができ、ハタは体も口の中も清潔にしてもらえる。これも、お互いに得をする相利共生です。

 

掃除つながり以外の共生関係もいろいろあります。

例えば次の写真には、カラフルなはさみを持ったカンザシヤドカリ属(簪宿借、学名 Paguritta sp.)の一種が写っています。

 

 

この写真の最も面白いポイントは、ここには写っていません。

ヤドカリというのは生まれつき、自分で解決するしかない大問題を背負っています。腹部が柔らかくて、それを保護する殻がないのです。だから何か頑丈なものを見つけて自分を守らなければなりません。海岸で、巻き貝の殻を背負って歩くヤドカリを見たことがあるでしょう? 彼らは抜け殻を見つけて腹部を隠すことに、命がかかっています。

 

でも、カンザシヤドカリは海中のサンゴ礁に住んでいて、歩き回ることはしません。

「じゃあ、この住みかは何?」

 

これはケヤリムシ(毛槍虫)といって、あでやかな花のように開く触手を頭部に持つ、ゴカイの仲間が作ったチューブ状の巣穴です。カンザシヤドカリの多くは、空き家になっているケヤリムシの巣穴をマイホームにします。

こういうチューブに入居できなくて無防備な腹部をさらしていると、たちまち大きな生物に食べられてしまいます。言うなれば、ケヤリムシという建築家が建てた空き家が見つからないと、生きてはいけないのです。

 

ただ、カンザシヤドカリは誰もいない空き家にもぐり込むだけなので、この住まいの建て主には会ったことがありません。なので、カンザシヤドカリが直接ケヤリムシに、何かお礼をするわけでもありません。

このように、一方だけが利益を受ける場合は「相利共生」ではなく、「片利(へんり)共生」といいます。

 

相利か片利か、直接か間接かなど、さまざまな共生の形で協力し合う海の生物は無数にいます。

今回の写真では、見るべきポイントさえわかればすぐに理解できますが、前回説明した褐虫藻(かっちゅうそう)は、サンゴの体内で共生する微生物ですし、光合成の過程や養分の交換ももちろん、肉眼で見ることはできません。

 

 

見えるものも見えないものも、単純な協働から命懸けの共生まで、複雑に影響し合う生物たち。

そんな多彩な営みを、そっと包み込んでいるのが自然界です。たとえて言えば、ものすごく難易度の高いジグソーパズル。小さなピースがどれひとつとして欠けることなく、すべてが緻密(ちみつ)に補い合い、ピタッとはまってこそ、見事な絵が見られます。美しい大自然に感動できるのも、あらゆる生物が適材適所で、それぞれ大事な役割を果たしているからこそなのです。

 

前回と今回のコラムであなたに感じ取ってほしかったのは、まさにこのことです。

 

紺碧の海など雄大な自然を写真で見ると、僕たちは「なんてきれいなんだろう」などと思うだけで満足し、それ以上のことは考えずに通り過ぎてしまいがちですよね。

 

今度、あなたが実際に海や山を訪れたときは、素晴らしい眺めを楽しんだついでに、「そうだ、見えないものを探そう!」と見回してみませんか? 細かいことにも少し注意を向けて、動物や植物が環境とどう結びついているかを探してみましょう。

 

そして、自分に問いかけてみて下さい。「どうしてこんなに美しい景色になっているんだろう? もし、あの森が枯れたら、この川が汚れたら、どんなふうに変わるだろうか」など。難しいことは抜きで、素朴な疑問を考えるだけでいいんです。そうすれば、「わー、キレイな景色!」というありきたりの感動と比べて、はるかに多くのことを感じるはずです。

 

隠れているものに目を向けることは、探検の第一歩です。それによって好奇心に火が灯り、知れば知るほど面白くなり、やがて真の感動が見つかります。

TONY WU(写真・文)

トニー・ウー

もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。

加藤しをり(翻訳・構成)

奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。