vol.12

大変身

写真・文/トニー・ウー 翻訳・構成/加藤しをり

写真家トニー・ウーさんの「トニーと海の物語」第12回目です。これまでに世界各地の海にまつわる生き物達を様々紹介して来てくれたトニーさんですが、今回はまた今までとは違った迫力のある海の住人の登場です!!これまでの海中の出会いの中でも、ひときわ思い出深いという今回のエピソード!その生命の成長の神秘の瞬間に是非ともお立ち合いください!!

このコラムが始まって以来、僕は世界各地で撮った写真とそれにまつわるエピソードを紹介してきました。オーストラリアのアシカ、インドネシアの大きなウツボ、アイスランドのパフィン、前回はアフリカのペンギン。
だからといって、遠くまで行かないと素晴らしい出会いは経験できない、なんてことはまったくありません。
それどころか実際には、海を知るために適した場所として世界のトップクラスに入るのが、ほかでもないこの日本なのです!

 

僕が日本の海を探検し始めたのはまだ最近のことですが、早くも、一生の思い出に残る出来事をいくつか体験しました。
そのひとつが、この、迫力満点の若者との出会いです。

 

 

どうですか、この男っぷり、かっこいいでしょう?!
新潟県の佐渡島の海で、彼が僕に挨拶しにきてくれたときの姿です。

 

この魚はコブダイ(瘤鯛、スズキ目ベラ科 学名 Semicossyphus reticulatus)といいます。海外のサイトでもローマ字の「Kobudai」がときどき使われていますが、英語の正式名称はエイジャン・シープスヘッド・ラス、つまりアジア限定の種類です。太平洋の北西部、具体的には日本の本州や朝鮮半島周辺から南シナ海までの海域でしか見ることができません。

 

写真のコブダイは正式に「ヤマト」と命名されています。
ヤマト君のように大きく成熟した成魚は体長が約1m、体重は15kgに達し、すべて、オスです。

 

「えっ?! 全部、オス? どうしてメスはいないの?」と思うでしょう?

 

実はコブダイには、度肝(どぎも)を抜かれるような成長の神秘があるのです。

 

まずは、ヤマト君が昔はどんなふうだったかを見てみましょう。
彼も子どもの頃は、当たり前の話ですが、小さな魚でした。

 

 

これが、コブダイの幼魚です。
この写真の幼魚は体長が約10cm、オレンジ色の体に白い筋が入って、黒いヒレには白い縁取り、とってもキュートでしょう? ヤマト君にもこんなに可憐な時代がありました。

 

コブダイはその後、成長するとみんなメスになり、外見は地味になります。もちろんヤマト君も、その当時はメスだったのです。

 

やがてそのメスたちの一部だけがオスに性転換し、体がぐんぐん大きくなって、メス時代の数倍の体重に成長します。それと同時に額(ひたい)がふくらんでいき、ついにはヤマト君のようにドでかいコブに変貌(へんぼう)するのです。最初の写真でわかるように、下顎のふくらみ方もすごいでしょう? 硬いサザエでもバリバリと豪快にかみ砕いて食べます。

 

 

こんなふうに、先にメスとして成熟したあとオスに性転換することを、「雌性先熟」(しせいせんじゅく)といいます。コブダイが分類されているベラ科には、同じように雌性先熟で、長寿の種類がかなりいます。コブダイの寿命は20年ほどです。

 


なぜメスの一部しかオスにならないのか、何がきっかけでこれほど劇的な変身が始まるのか、これはまだ誰にもわかりません。
ただ、コブダイはこの生態から一夫多妻の群れをつくるのですが、群れの中でいちばん体の大きなメスがオス化して、ヤマト君のようなボスの次世代候補になるようです。

 

ボスは縄張りを守り、自分の子孫を増やせるハーレムを守ります。その地位を狙って決闘を挑んでくるオスが現われるので、たびたび闘わなければなりません。強いオスでないと務まらないのです。

 


僕は何年も前に、佐渡島のコブダイの話を聞きました。初めてコブダイの写真を見て以来、いつかこの驚異の魚に会いに行かなければと思っていました。念願が叶ったのが昨年、2017年のことです。

 

毎年春から夏、メスはおなかの中に卵がたくさんできると、オスの求愛を待ちます。
しかし、最初に出会ったオスを簡単に受け入れるわけではありません。ライバルのオス同士が闘って勝ったほうが、彼女の心を射止めることができるのです。

 

ヤマト君のようなオスにとって、この繁殖期は縄張りとハーレムを巡る闘いの季節になります。次の写真を見て下さい。

 

 

挑戦者とどっちが強いかを決める一本勝負。左側がヤマト君、コブが赤いほうです。
赤が濃いほど優勢で、自信があるように僕は思います。
しかし、致命的な闘い方はしません。お互いに威嚇(いかく)し合うだけで勝負が決まることもあります。

 

ヤマト君は岩礁地帯の広い縄張りを支配するボスで、メスたちにモテモテのようでした。
僕は幸運にも滞在中に、ヤマト君が数匹のメスに求愛し、メスが放卵(ほうらん)するところを何度か見ることができました。
次の写真はその一例です。

 

 

ヤマト君が小柄なメスに寄り添っていて、大きさや体型の違いがよくわかります。彼女の腹部が卵でふくらんでいるのも見えるでしょう?

 


コブダイは魅惑と神秘に満ちた特別な魚です。イギリスのBBCが2017年、「ブループラネットII」(海洋ドキュメンタリーシリーズの番組)で、ヤマト君を中心にコブダイのドラマティックな変身について報道しました。(註1)

 

また、このコラムの最初に掲載した僕の写真は、今年10月にロンドン自然史博物館主催の「第54回ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」で審査員特別賞を受賞しました。これは毎年開催される、世界で最も名高い野生生物のフォトコンテストです。(註2)

 

これをきっかけにヤマト君をはじめ、佐渡島のコブダイが世界の注目を集めることになりました。

 

 

 

(註1)
BLUE PLANET II
Fish are the sex-switching masters of the animal kingdom
https://ourblueplanet.bbcearth.com/blog/?article=incredible-sex-changing-fish-from-blue-planet
ブループラネットII
動物界では魚が性転換のベテラン

 

(註2)
Museum of Natural History
Wildlife Photographer of the Year
Highly commended 2018
Animal Portraits
Tony Wu, USA
http://www.nhm.ac.uk/visit/wpy/gallery/2018/images/animal-portraits/5383/looking-for-love.html

自然史博物館
ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー
2018年度 審査員特別賞
アニマル・ポートレート(動物の肖像)部門
トニー・ウー(USA)

 

TONY WU(写真・文)

トニー・ウー

もともと視覚芸術を愛し、海の世界にも強く惹かれていたことから、1995年以降はその両方を満たせる水中写真家の仕事に没頭する。以来、世界の名だたる賞を次々と受賞。とりわけ大型のクジラに関する写真と記事が人気で、定評がある。多くの人に海の美しさを知ってもらい、同時にその保護を訴えることが、写真と記事の主眼になっている。日本ではフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(デイズ ジャパン)の2018年2月号に、マッコウクジラの写真と記事が掲載された。英語や日本語による講演などもたびたび行なっている。

加藤しをり(翻訳・構成)

奈良県出身、大阪外国語大学フランス語学科(現・大阪大学外国語学部)卒業。翻訳家。エンタテインメント小説を中心に、サイエンスや社会派の月刊誌記事など出版翻訳が多い。一般の技術翻訳や、編集にも携わる。訳書は『愛と裏切りのスキャンダル』(ノーラ・ロバーツ著/扶桑社)、『女性刑事』(マーク・オルシェイカー著/講談社)、『パピー、マイ・ラブ』(サンドラ・ポール著/ハーレクイン)、『分裂病は人間的過程である』(H.S.サリヴァン著/共訳/みすず書房)、『レンブラント・エッチング全集』(K.G.ボーン編/三麗社)ほか多数。