糸六株式会社の「絹糸」|いつも笑顔で上質な“糸”を“売”る。その心があったから、長く“続”く商いになった。

糸六株式会社の「絹糸」|いつも笑顔で上質な“糸”を“売”る。その心があったから、長く“続”く商いになった。

京都の繊維問屋街として広く知られている室町通り界隈は、着物や繊維にまつわる仕事を生業とする店や会社が、長い時を経て今も息づいている街です。その一角に、絹糸の老舗として知られる「糸六(いとろく)」があります。歴史を感じさせる建物の前に立ち、ガラス戸を開けて中を覗き込めば、ここで働いてきた多くの職人や当主たちの足早なぞうりの音や息づかいが聞こえてくるようです。

撮影:石川奈都子 取材:平岡京子

糸六の心をつくった3代目・今井六治郎さん

糸六の創業は、明治4年。当時から絹糸や木綿糸を取り扱っていました。大正時代になり、現当主の今井登美子さんの祖父にあたる今井六治郎さんが当主となります。この六治郎さんこそが、糸六という社名の由来にもなった人物であり、現在へとつながる糸六の心をつくった人でした。

「いつもニコニコ笑顔で、腹を立てず、質の良い“糸”を“売“らしてもらう。そうすれば“続“けていける。糸を売るというのはそういう商いなんや。というのが口癖だったんです」と、登美子さん。

なるほど、“糸”を“売る”と書いて“続く”という文字になる。糸は、人の暮らしに寄り添う無くてならないもの。糸を扱う商売は、長く続けて行けるものであることを、家族や店で働く人たちに伝え続けた人でした。

太い梁が渡された高い天井、古くはおくどさん(かまど)のあった土間のスペースには、代々の当主や職人たちが大切に使ってきた糸巻き機が置かれています。


▲土間の天井は高く、柔らかい光を落としている。歴史ある建物の維持は大変なことだが、糸六の心と共に大切に守られている。

竹ひごと木材を用いて作られたこのいかにも素朴で美しい糸巻き機は、多くの素材を用いて糸が大量生産されるようになった今も、現役で活躍しています。絹糸は大きな竹ひごで出来た糸巻きにかけられ、次に木枠に巻き取られて、私たちが日頃目にしている絹糸となっていきます。


▲太い竹ひごと木で作られた糸巻き機には、鮮やかな色彩にそめられた絹糸のかせがかけられている。

糸の大きな束のことを“かせ”と呼びますが、大正末期頃まで、糸はそのかせを更に小束にわけ、小さなかせとして販売されていました。


▲小分けにされた絹糸のかせ。写真は布団や座布団などにも用いられる太めの絹糸。

「でも、一般のお客さまにとっては、いくら小分けにしてもかせのままの絹糸はもつれやすく解けにくい。困ったお客さまが、途中で糸を切ってしまうということもあったんです」

かせのままではお客さまが絹糸を使いづらい、そう気づいた六治郎さんは、紙のカードに少量ずつ巻き取った現代のようなかたちの糸を販売することを思いつきました。そのおかげで糸のもつれや絡みも少なくなり、誰でも最後まで使い切ることができるようになったのだそうです。

今や糸六の顔であり、ロゴにもなっているニコニコ印。お裁縫箱の中からいつでも安心をくれるこの笑顔のマークと、カードに巻かれた糸を使い終わると見えてくる温かいメッセージは、六治郎さんから糸を使ってくださる方への深い愛情と感謝の気持ちから生まれたものでした。


▲平成の世になっても、糸を最後まで使い切ると六治郎さんからのユーモラスで温かいメッセージに出会える。

 

伝えられる伝統の技と色

糸にも人にも愛情豊かな六治郎さんは、店での仕事を終えて夜になるといつも1人で建物の2階に上がり、糸巻き機に語りかけるようにして黙々と機械を動かしているような人でした。

六治郎さんの心を受け継いだ登美子さんの父 四代目の義郎さん。その父の背中を見つめて育った娘の登美子さんは、現在五代目の当主として、糸六の心を受け継いだ丁寧な商いを続けています。


▲糸六に伝わる2台の糸巻き機。右手がかせから木枠へと糸を巻き取るための竹ひごと木材で出来た機械。左手が、木枠からカードへと巻き取るためのもの。


▲ 糸を巻く登美子さん。糸巻き機の機嫌を大切にしながら毎日向き合っていると、糸が絡みそうな時にはちゃんと教えてくれるという。

糸六の絹糸づくりは、上質な生糸のかせ(束)を選ぶところから始まります。それは、長年積み重ねた目利きの技の見せどころでもあります。

「いい生糸には、ほかの素材で作られた糸には無い艶があり、結んだときに独特なきりっとした締まりがあるんです」と、登美子さんが教えてくださいました。

買い付けられた生糸は、糸六ならではの厳選されたはんなりとした色味に染め上げられます。絹ならではの艶が生きる選び抜かれた160色の糸は、美しい着物の仕立てはもちろんのこと、繊細な洋裁の仕上げや暮らしの中のお裁縫まで、どんな布地とも相性の良い色合いと使い心地です。また、伝統ある祭りの折には、毎年別注色の絹糸が大量に発注されて、祭りを盛り上げる衣装づくりに役立っています。


▲ 眺めているだけで豊富な色彩にワクワクする糸見本帳。

次世代へ受け継がれるもの

登美子さんは今、六代目の後継者であるご子息と共に歩みながら、これからの糸六の姿を思い描いています。

その思いがかたちになったものが、こだわりの手づくりで仕上げられた上質な桐箱入りの「お裁縫箱」。イメージしているのは、伝統ある良いものを知っていて、それを伝えたいと望んでいるお婆さまから、お孫さんへの贈り物。箱の中には厳選した道具類ともちろん糸六の絹糸が。桐箱のふたには、このお裁縫箱を使ってくださる方が末永く幸せであるようにと願うニコニコ印が記されています。


▲桐箱のふたと本体は、末永く幸せであることを祈って真田紐の帯留めで結ばれている。


▲五代目当主の今井登美子さん。笑顔と丁寧な一言一言に、糸への愛情があふれている。


▲持ち帰るのが嬉しくなるような包装紙。京都のお土産としても最適。

もしも、あなたが上質で美しい絹糸を買い求めてみたいと思ったら、タイミング良く京都に行く機会に恵まれたら、ぜひ、糸六に足を運んでみてください。そしてそのときには、大好きな生地を忘れずに持って行きましょう。
当主の登美子さんやご家族が、店先の畳に糸を並べて、160の色の中からその生地に一番合う1色を見つけてくださいます。

100年を経た美しい佇まいの商家の中で、お店の方とお話をしながら絹糸を買い求める贅沢な時間。それは、私にとっても忘れられないひとときになりました。このお店を訪れ、小さな絹糸に込められた歴史や心に触れたなら、きっと以前にも増してお裁縫が、そして京都が好きになっていることでしょう。


▲長年に渡りたくさんの人が行き交った店先の石畳。味わいのある風情に引きつけられる。

 

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