寺島綾子さん|『小さなてまりとかわいい雑貨』を皮切りに、てまりと加賀ゆびぬきの本を次々と出版。絹糸でつくり出す緻密で美しい針仕事

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寺島綾子さん|『小さなてまりとかわいい雑貨』を皮切りに、てまりと加賀ゆびぬきの本を次々と出版。絹糸でつくり出す緻密で美しい針仕事

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加賀百万石の伝統を今に映す、色とりどりの小さなてまりやゆびぬき。ひと針ひと針、絹糸で丁寧に綴られる幾何学模様は、まさに無限の可能性を秘めた小さな宇宙です。指先から生まれる糸の宝石――その美しさの秘密を知りたくて、加賀ゆびぬきと小さなてまりのつくり手・寺島綾子さんを訪ねました。

撮影:蜂巣文香 取材・文:梶 謡子

日々、つくり、日々、教える

渡良瀬川に囲まれ、豊かな自然と歴史に育まれた茨城県古河市。古い町並みが残るこの地で、寺島さんは毎月、「こゆきの会」というワークショップを開催しています。会場となるのは、登録有形文化財にも指定されている趣のある古い建物。


▲かつては城下町として栄えた古い町並みを縫って、会場までてくてく歩いて向かう。大きなキャリーバッグには、教室で使う材料や道具、見本となる作品が、ぎっしりと詰まっている。

「ここは私の地元でもあるんです。著書の出版を機に、各地でレッスンをさせていただく機会も増えましたが、ここでの教室がいちばん活気があるかもしれませんね」


▲桐箱に並んだ色彩豊かなミニてまり。直径約2.5㎝の小さな世界。

朝から夕方まで、存分にレッスンが受けられるとあって、1日の参加者はのべ20人。二間続きの和室はいつも熱気に包まれ、にぎやかな笑い声が響きます。 「なかには遠方から来てくださる方も。周辺には歴史的な建造物も多く、ロケーションも素晴らしいので、有意義な時間を過ごしていただけたらと思っています」


▲教室の会場は、明治時代に建てられたという古民家。窓の外には豊かな緑が広がる。

 
▲てまりのもとになる「土台まり」づくりは根気のいる作業。わたにロックミシンの糸を巻きつけていく。


▲色とりどりの土台まり。ベースの色もデザインの一部になる。

 

金沢で本場の加賀ゆびぬきとてまりを習う

幼いころから手を動かすことが好きだったという寺島さんが、加賀ゆびぬきと出会ったのは今から8年前。

「当時はミニチュアのベアづくりやクロスステッチに夢中でしたが、とある雑誌で初めて加賀ゆびぬきの存在を知り、こんなに繊細な手仕事の世界があったんだ!と衝撃を受けました」

加賀ゆびぬきとは、石川県・金沢に古くから伝わる伝統工芸のひとつ。加賀友禅のお針子たちが余り糸でゆびぬきをつくったのが始まりです。一時は途絶えかけましたが、金沢在住の小出つや子さん、孝子さん、大西由紀子さんが母子三代で復元し、一躍注目を集める人気の手芸となりました。


▲伝統模様からオリジナルまで、つくりためた作品は特注の桐箱に並べて。

「加賀ゆびぬきを知って1年後に、たまたま夫が富山に転勤になり、金沢にある大西由紀子さんの教室に通うことになりました。そこで本場の加賀ゆびぬきや加賀てまりに触れることができたのは、とても幸運なことでした」

なかでも収穫だったのは、小さなてまりとの出会い。小出孝子先生が主催する『小手毬の会』の新年会で、小さなてまりのアクセサリーをつくる機会があり、もともとミニチュア好きだった寺島さんは、たちまちとりこになりました。

「小さなてまりならアクセサリーにアレンジできるし、完成後にも楽しみがあります。そんなところに大きなインスピレーションを感じました。ゆびぬきと同じ材料でできるから、始めやすかったというのもあるかもしれませんね」

1年間の富山滞在後、ご主人の転勤が終了して関東へ戻ってからも、ゆびぬきやてまりをつくり続けてきた寺島さん。最初は普通のサイズだったてまりはどんどん小さくなり、やがて小さなてまりを専門につくるようになりました。


▲寺島さんの胸元で揺れるのは、直径約1㎝の加賀ゆびぬきのネックレス。こんなふうに身につけて楽しめるのが、小さなゆびぬきやてまりの最大の魅力。

 

美しい絹手ぬい糸に触れ、色と対話する

寺島さんが作品をつくるうえでいちばんこだわっているのが配色です。作品づくりに欠かせない「都羽根」(みやこばね)の絹手ぬい糸は全部で204色。「最初は好きな色だけをそろえていましたが、それだと微妙な色の違いを表現できなくて。好みではない色を敢えて手元に置いておくことで、逆に色合わせの自由度が増すことに気がつきました」


▲寺島さんが愛用している「都羽根」の絹手ぬい糸。「薄桜」や「一斤染」(いっこんぞめ)、「柚葉色」(ゆずはいろ)など、ひとつひとつに名前がついていて、生徒さんとの話題づくりにも一役買っているそう。

伝統色にこだわらず、自分がきれいだと思う色は積極的に取り入れるようにしているという寺島さん。好きな絵画やヴィンテージファブリックの色づかいを参考にすることも多いそう。「昔からすごく好きな画家がいて、どうしたらその人の色に近づけるかを常に考えています」

著書の発売がきっかけとなり、オリジナル糸の開発に携わることができたことも大きな変化。「もともと和裁に使われることが多かった絹糸には、明るい色がないんです。どちらかといえばシックな色合がメイン。そこで、日本の伝統色にはない明るめのトーンを5色つくってもらい、そのままコーディネートできるようにしました」


▲パステルカラーを基調にした、寺島さんのオリジナル糸。左から、「中紅」(なかべに)、「白緑」(びゃくろく)、「白群」(びゃくぐん)、「紅うこん」、「女郎花色」(おみなえしいろ)。全色使うと可憐な印象の作品に。

 

ひと針、ひと針。丁寧な針仕事が美しい作品をつくる

取材時には寺島さんに教えていただきながら、てまりづくりに初挑戦。「まずは好きな糸を5色選んでください」という言葉に従い、糸選びからスタートです。でき上がりを左右する重要ポイントということもあり、土台まりとのコントラストや、どの糸を刺し色にするかなど、想像力をフル稼働。思った以上に手こずりました。

配色が決まったら、いよいよ本番。ひと針ひと針、丁寧に土台まりをかがっていくのですが、糸のかけ方を間違えたり、模様が均等にならなかったりと、ここでも苦戦。 「一段刺し終えるごとに必ず針目を整えて」「この部分はハの字になるように刺すと、きれいに仕上がりますよ」――。寺島さんのアドバイスのおかげで、なんとか完成までこぎつけましたが、緻密で美しい針仕事は、一朝一夕では得られないことを身をもって痛感しました。


▲取材時に教えていただいた伝統模様の「二ツ菊」。2つとも寺島さんの見本作品。同じ図案でも糸の組み合わせしだいで異なって見えたり、雰囲気がガラリと変わる。

 
▲レッスンの中で最も頭を悩ませるのが糸選び。でき上がりを想像しながら糸を選ぶ作業は、初心者には至難の業。

 


▲作業の進み具合を確認しながら、的確にアドバイスをする寺島さん。刺し間違えた針目をほどく手つきが魔法のようで、思わず歓声があがる。


▲てまりづくりに欠かせないカラフルなまち針。「実はこれ、生徒さんがマニキュアを塗って、リメイクしてくれたものなんです」


▲土台まりを8等分し、糸でつけた印をもとに、上下交互にすくいながら模様を形づくっていく。

 

わき上がるアイデアを次々とかたちに

「最初に書籍のお話しをいただいたときは、正直戸惑いました。でも、もともと好奇心旺盛なほうなので、チャレンジしてみたいという気持ちが勝ちました。自由に制作させてもらえたので、そのとき出せるアイデアをすべて出し尽くしました」

 
▲ゆびぬきの図案を描きとめたメモ。新たなアイデアがひらめいたら、まずは製図してみる。

そうしてでき上がった『小さなてまりとかわいい雑貨』はたちまちベストセラーに。2年後には『宝石みたいなてまりとくらしの小物』を発売することになりました。

「2冊目では“宝石”というテーマをいただいたので、そこからイメージを広げていきました。石の名前から配色や図案を考える作業ではわくわくしっぱなし」。いっぽう、いちばん大変だったのはプロセス撮影。「スムーズに進められるよう、同じものをたくさん準備しなければならなくて、気が遠くなりそうでした」と、制作時のエピソードも。

今年の2月に発売となった三冊目の著書『愛らしい加賀のゆびぬき』では、伝統模様だけでなく、物語をモチーフにしたオリジナルのゆびぬきも多数掲載。


▲クッキーにチョコレート、どら焼き、桜餅・・・。未発表の作品の中には、思わず笑顔がこぼれるオリジナルモチーフのゆびぬきも。

「ゆびぬきは平面上で計算できるから、アレンジがしやすいんです。手を動かしているとどんどん別のアイデアがわいてきて、早く次の作品に取りかかりたくてうずうずしてしまうこともしょっちゅう。今後もまだまだ新しいデザインが生みだせそうです」

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